冒険者への第一歩
「さて、冒険者活動を始めるにあたって、まずはドッペルの強さを調整するぞ」
冒険者としての姿を整えたアレンは、さっそく今後の方針について話し始めた。
「強さを調整するじゃと?」
「そうだ。ドッペルのレベルを1にする。そこからモンスターを倒すたびに、適当にレベルを上げていくぞ」
「……無駄なこだわりじゃな」
クロノスは呆れた顔をした。
アレンはダンジョンマスターであり、ドッペルゲンガーの能力を使えば、最初から強力な存在として冒険者活動を始めることもできる。
わざわざ弱くする必要などないはずだ。
「いきなり強いと面白くないだろ」
「おぬしは何をしに冒険者になるつもりなのじゃ?」
「あり得たかもしれない人生を体験するんだよ。最初から強かったら、冒険者として成長する楽しみがないだろ」
「別に、強いまま冒険してもよかろう」
「それじゃ普通の冒険者生活にならないだろ」
「いや、普通の冒険者生活をするつもりなのではなかったのか?」
「そうだぞ。だからレベル1から始めるんだ」
「話がつながっておらん!」
クロノスは叫んだ。
しかし、アレンはすでに自分の考えに満足しているらしい。
「それに、レベル1なら弱いモンスターを倒すところから始められる。少しずつ強くなって、強敵に挑戦する。冒険者の醍醐味だな」
「ふむ……」
クロノスは少し考えた。
アレンが何を言いたいのか、ようやく理解できた気がした。
もっとも、理解できたからといって賛成する気にはならない。
「じゃが、わしはどうするのじゃ?」
「クロノスも同じだ。見た目通りの力を発揮しろ」
「無茶を言うな!」
クロノスは即座に反論した。
「わしは古代竜じゃぞ! 人間の姿になったところで、本来の力まで弱くなるわけではない!」
「そこをなんとかしろ」
「なんとかなるものか!」
「お前ならできるだろ」
「できん!」
「じゃあ、見た目通りの力を発揮できるように頑張れ」
「無茶苦茶じゃ!」
クロノスは頭を抱えた。
そもそも、なぜ自分までレベル1相当の力で戦わなければならないのか。
自分は古代竜である。
わざわざ人間の子供の姿になっているだけで、本質は何も変わっていない。
「わしはたぶん、おぬしのドッペルがレベル999になっても、それより強いぞ」
「そうなのか?」
「当然じゃろうが! わしを誰だと思っておる!」
「まあ、確かにクロノスは強いからな」
「そうじゃ!」
「だからこそ、見た目通りの力を発揮しろ」
「なぜそうなる!」
結局、クロノスの主張は何一つ通らなかった。
アレンはドッペルのレベルを1に設定し、クロノスにも人間の子供として活動するよう念を押した。
これで準備は整った。
「よし、出発するぞ!」
「待て。これからどうするのじゃ?」
「まずは徒歩でリリアの領地に近いダンジョンまで行く」
「徒歩?」
「そうだ」
「……どれくらいかかるのじゃ?」
「さあな。数カ月はかかるんじゃないか?」
「数カ月!?」
クロノスの声が裏返った。
「おぬし、正気か!? 転移でもすれば一瞬で済むじゃろうが!」
「冒険者としての旅を楽しむんだよ」
「楽しむにしても限度があるじゃろ!」
「道中で村にも寄るし、いろいろなものを見られるだろ。冒険者らしくていいじゃないか」
「わしは観光旅行に付き合うつもりなどないぞ!」
「そうか。じゃあ、俺一人で行くか」
「……む」
クロノスは言葉に詰まった。
アレンが本当に一人で出発してしまったら、自分はどうすればいいのだろう。
そもそも、この姿に変えられた時点で、すでに巻き込まれている。
「それに、定期的に本体に意識を戻すから、ダンジョンのことは心配ないぞ」
「待て」
「なんだ?」
「おぬしは本体に戻れるのか?」
「当たり前だろ。ドッペルを操作している間も、必要なら本体に意識を戻せる。ダンジョンの管理も問題ない」
「……では、わしはどうなるのじゃ?」
「どうなるって?」
「おぬしが本体に戻っておる間、わしは現地に放置になるじゃないか!」
「ああ、そういうことか」
アレンはあっさりとうなずいた。
「細かいことは気にするな」
「細かくないわ!」
クロノスの叫びが響き渡った。
アレンは自分の都合で冒険を始め、自分の都合で本体に戻ることができる。
一方、クロノスはそうはいかない。
アレンが本体に戻っている間も、少女の姿のまま現地に残されるのだ。
食事も宿泊場所も、自分でどうにかしなければならない。
しかも、戦闘能力まで制限されている。
改めて考えてみると、あまりにも理不尽だった。
「アレン、やはり考え直したほうがよいのではないか?」
「何をだ?」
「この冒険そのものじゃ!」
「何を言ってるんだ。俺はお前を一番信用しているんだぞ」
「……む?」
クロノスの表情が変わった。
「わしを、一番信用しておるのか?」
「そうだ。こんなことを頼めるのはクロノスしかいない」
「そ、そうか……」
クロノスは少し照れくさそうに顔を背けた。
古代竜として長い年月を生きてきたクロノスだが、アレンからそんなことを言われるのは悪い気がしなかった。
自分を信頼しているからこそ、こんな大事な冒険に誘ってくれたのだろう。
ならば、多少の苦労は仕方がない。
「……そこまで言うのなら、付き合ってやらんこともない」
「そうか。助かる」
「うむ。わしに任せておけ!」
クロノスは胸を張った。
その姿を見たアレンは、内心でほくそ笑んだ。
(チョロいな)
こうして、アレンは最大の障害をあっさりと突破した。
「さあ、出発だ!」
「うむ!」
二人は並んで歩き始めた。
目的地は遠い。
途中で何度も村を訪れ、野宿をし、モンスターと戦うことになるだろう。
数カ月に及ぶ旅になるかもしれない。
だが、これも冒険者生活の醍醐味だ。
アレンはそう考えていた。
……出発してから、しばらくは。
「テクテク、テクテク……」
アレンとクロノスは街道を歩いていた。
周囲には草原が広がり、遠くには森が見える。
空は青く、天気もいい。
旅を始めるには絶好の日和だった。
「……」
「……」
会話がない。
二人は黙々と歩いていた。
しばらくすると、クロノスが口を開いた。
「アレン」
「なんだ?」
「まだ着かんのか?」
「まだまだ先だぞ」
「そうか……」
クロノスは再び黙った。
さらに歩く。
テクテク、テクテク。
周囲の景色は少しずつ変わっていくが、やっていることは変わらない。
歩いて、歩いて、ひたすら歩く。
「……アレン」
「なんだ?」
「冒険者とは、いつもこうなのか?」
「移動中はこんなものだろ」
「……そうか」
クロノスは遠い目をした。
古代竜として生きてきた自分が、なぜこんなことをしているのだろう。
空を飛べば一瞬で移動できる。
転移魔法を使えば、もっと簡単に目的地へ行ける。
それなのに、今は自分の足で歩いている。
しかも、見た目は十歳の少女だ。
「……飽きた」
アレンが突然つぶやいた。
「は?」
「歩くのに飽きた」
「まだ出発してから大して時間が経っておらんぞ!」
「同じ景色ばかりでつまらん」
「冒険者の旅とは、そういうものではないのか!」
「そうなんだけどな。実際にやると退屈だ」
「おぬしが始めたんじゃろうが!」
クロノスの抗議をよそに、アレンは立ち止まった。
「よし、俺は本体に戻る」
「……は?」
「村にでも着いたら起こしてくれ」
「待てえええええ!」
クロノスが叫んだときには、アレンのドッペルはすでに動かなくなっていた。
意識を本体に戻したのだ。
街道には、十歳の少女が一人取り残された。
「……」
クロノスは動かなくなったアレンのドッペルを見下ろした。
「まさか、本当に放置するとは……」
返事はない。
「アレン! おい、アレン!」
揺さぶってみても、反応はなかった。
「起きんか! わしを一人にするな!」
もちろん、反応はない。
クロノスは空を仰いだ。
青空が広がっている。
天気はいい。
旅日和だ。
だが、今のクロノスにとっては、そんなことはどうでもよかった。
「……まじで勘弁するのじゃ」
こうして、アレンの壮大な冒険者計画は、出発早々に同行者を置き去りにするという形で幕を開けたのだった。




