夢の続き
アレンは、以前聞いた並行世界について考えていた。
セレスティアやフローラ、クラリス、リリアから聞いた話。
それぞれが見たという夢は、あまりにも現実味があった。
単に自分たちの立場が違うというだけではない。人間関係も、物事の経緯も、まるで本当に経験した出来事を語っているかのように具体的だった。
セレスティアは、自分が悪役令嬢に仕立て上げられ、婚約を破棄されて辺境へ追放された夢を見たという。
しかも、その世界ではアレンと結婚していたらしい。
フローラやクラリス、リリアも、それぞれ別の人生を歩んだ夢を見ていた。
最初は、ただの夢だと思っていた。
夢など、目が覚めれば忘れてしまうようなものだ。多少奇妙な内容だったとしても、深く考える必要はない。
だが、彼女たちの話を聞いているうちに、アレンは別の可能性を考えるようになった。
もし、自分が異世界転移ではなく、異世界転生していたらどうなっていただろうか。
今のアレンは、異世界からやってきた人間だ。
しかし、もし生まれたときからこの世界で育っていたら。
もし、ダンジョンマスターになることもなく、普通の人間として人生を歩んでいたら。
あるいは、彼女たちが夢で見たような出来事を経験していたら。
今とはまったく違う人生になっていた可能性もある。
「……並行世界か」
アレンは椅子に座ったまま、腕を組んだ。
並行世界というものが本当に存在するのかはわからない。
しかし、もし存在するのなら、そこには自分とよく似た別の人間がいるのかもしれない。
自分とは違う選択をし、自分とは違う人生を歩んでいるアレンが。
「気になるな……」
アレンは立ち上がった。
気になることがあるなら、確かめてみればいい。
もちろん、並行世界が本当に存在するかどうかを確かめる方法など知らない。
そもそも、並行世界は交わることがないという話だった。
だが、アレンには一つ、試してみたいことがあった。
並行世界そのものに干渉できなくても、そこで起きるような出来事を自分で経験することはできるのではないか。
自分が別の人生を歩んでいたら、どんな経験をすることになったのか。
それを実際に体験してみればいい。
「よし、決めた!」
アレンは勢いよく部屋を飛び出した。
そして、クロノスのもとへ向かった。
「クロノス!」
「なんじゃ、騒々しい」
呼ばれたクロノスが顔を上げる。
「人間の姿になれ」
「……いきなりなんじゃ!」
クロノスは目を丸くした。
挨拶も説明もなしに、突然そんなことを言われても困る。
「冒険者活動をしてみることにした」
「何のために?」
「並行世界での自分を体験するためだ」
「……は?」
クロノスはしばらくアレンを見つめた。
今の説明で、何がどうつながったのかまったく理解できなかった。
「待て待て。冒険者活動と並行世界に、何の関係があるのじゃ?」
「俺が異世界転生していたら、冒険者になっていた可能性もあるだろ?」
「それはそうかもしれんが……」
「なら、実際に冒険者になってみればいい」
「なぜそうなる!」
「経験してみないとわからないだろ」
「いや、経験したところで、並行世界のことがわかるわけではなかろう!」
クロノスの言うことはもっともだった。
こちらの世界で冒険者になったところで、並行世界にいる別のアレンが同じ経験をしている証拠にはならない。
そもそも、並行世界が存在するという確証すらないのだ。
しかし、アレンは気にしなかった。
「並行世界で起きる事象は、こちらでも起きるかもしれないだろ?」
「それはそうかもしれんが……」
「つまり、あり得たかもしれない未来を体験するんだよ」
「ただの夢の話が大きくなっておるな!」
クロノスは思わず叫んだ。
セレスティアたちが夢の話をしただけなのに、どうして冒険者活動を始めることになるのか。
アレンの思考は、相変わらず飛躍しすぎていた。
「それに、冒険者になったところで、何をするつもりなのじゃ?」
「普通に依頼を受けて、魔物を倒して、素材を売って生活する」
「それは普通の冒険者の生活じゃろうが!」
「そうだ。だからこそ、体験してみる価値がある」
「何の価値があるのか、わしにはさっぱりわからん!」
「いいから、付き合え」
「話を聞け!」
アレンはクロノスの抗議を無視した。
やると決めたら、あとは行動するだけだ。
ただし、今の姿のまま冒険者活動をするわけにはいかない。
アレンはダンジョンマスターだ。正体を隠して行動する必要があるし、冒険者として活動するなら、それらしい姿を用意する必要もある。
そこで、アレンは自分のドッペルゲンガーを利用することにした。
これなら本体はダンジョンに残したまま、別の姿で冒険者活動ができる。
冒険者として活動している間も、本体はダンジョンの管理を続けられるのだ。
もっとも、アレンにとっては、そんなことよりも重要な問題があった。
「いいか、クロノス。俺たちは十歳の新人冒険者として活動する」
「なぜ十歳なのじゃ?」
「冒険者登録できる最年少からスタートするぞ」
「いや、だから、なぜ最年少からなのじゃ!」
「最初から強い冒険者になっても面白くないだろ。新人から始めて、少しずつ経験を積んでいくんだ」
「おぬし、経験を積む必要があるのか?」
「冒険者としての経験はないからな」
「おぬしはダンジョンを運営しておるじゃろうが!」
「ダンジョンを運営するのと、冒険者になるのは別だ」
「それは……まあ、そうかもしれんが」
クロノスは反論しかけて、口を閉じた。
確かに、ダンジョンを管理することと、自分で冒険に出ることは違う。
だが、それならなおさら、なぜ十歳から始める必要があるのか。
「それと、クロノスは女の子になれ」
「なぜじゃあああ!」
クロノスの叫びが響き渡った。
「冒険者活動をするなら、二人組のほうが都合がいいだろ?」
「それはわかる! じゃが、なぜ女の子なのじゃ!」
「男と行動したくないからだ」
「おぬしも男じゃろうが!」
「俺はドッペルゲンガーで姿を変えるから問題ない」
「わしも変身するだけじゃぞ!」
「そうだ。見た目だけだからな」
「そういう問題ではない!」
クロノスは頭を抱えた。
どうして自分が、十歳の女の子になって冒険者をしなければならないのか。
そもそも、自分は古代竜である。
人間の姿になること自体は可能だが、わざわざ少女の姿になる必要などない。
「アレン、考え直せ。わしらは別に人間の姿にならずとも……」
「いいからやれ」
「話を聞かんか!」
「よし、まずは人化だな」
「まだ納得しておらんのじゃが!」
アレンはクロノスの抗議を無視して、変身を促した。
クロノスは大きなため息をついた。
こうなったアレンは、何を言っても聞かない。
長い付き合いで、それくらいは理解していた。
「……まったく、仕方のない奴じゃ」
クロノスは渋々、人化のスキルを発動した。
その巨体が光に包まれ、みるみるうちに縮んでいく。
大きな翼も、鋭い爪も、竜の尾も消えていった。
やがて光が収まる。
そこには、十歳ほどの少女が立っていた。
銀色の髪に、整った顔立ち。
見た目だけなら、どこに出しても恥ずかしくない美少女である。
「……」
「……」
二人の間に沈黙が流れた。
「アレン」
「なんだ?」
「服をくれ」
「やっぱり人化したら全裸になるのはお約束だな」
「そんなお約束はいらんわ!」
クロノスが怒鳴った。
「いいから服をくれ!」
「わかった、わかった。そんなに怒るな」
アレンは収納から衣服を取り出し、クロノスに渡した。
クロノスは大急ぎで服を身につける。
「まったく……。なぜわしがこんな目に遭わねばならんのじゃ」
「いいじゃないか。新しい人生の始まりだぞ」
「おぬしの思いつきに付き合わされておるだけじゃろうが!」
「細かいことは気にするな」
「気にするわ!」
クロノスは不満を隠そうともしなかった。
しかし、アレンはそんなことなど気にも留めず、少女の姿になったクロノスを眺めていた。
「ふむ。なかなかいいじゃないか」
「何がじゃ?」
「その姿だ。十歳の新人冒険者としては、ちょうどいいだろ」
「わしは古代竜なんじゃが……」
「今は十歳の女の子だろ」
「中身は古代竜じゃ!」
「誰も中身の話なんて聞いてない」
「おぬしという奴は……!」
クロノスは怒りをこらえるように拳を握った。
どうやら、これから先も苦労することになりそうだった。
「さて、次は俺だな」
アレンはドッペルゲンガーを使い、冒険者として活動するための姿を作り始めた。
見た目は十歳の少年。
特別目立つ特徴はなく、どこにでもいそうな子供だ。
少なくとも、ダンジョンマスターのアレン本人だと気づかれることはないだろう。
「よし、準備完了だ」
「本当にやるのか?」
「当たり前だろ。ここまで準備しておいて、やめる理由がない」
「そもそも、準備したのはおぬしの思いつきじゃろうが……」
「まずは冒険者ギルドに行って登録だな」
「……はあ」
クロノスは深いため息をついた。
こうして、アレンとクロノスは十歳の新人冒険者として活動を始めることになった。
アレンにとっては、あり得たかもしれない別の人生を体験するための冒険。
クロノスにとっては、主の突拍子もない思いつきに付き合わされる災難の始まりだった。
もっとも、この時点では二人とも知らなかった。
冒険者として活動を始めれば、次から次へと新しい問題が発生することになるのを。
そしてアレンは、それを新たな物語のネタにしてしまうのだった。




