無欲は最強
アレンは、ダンジョンランドやパチンコ屋、ホテルなどを経営して得た収益を使い、冒険者たちから魔石を買い取っていた。
ダンジョンで得られる魔石は、冒険者たちにとって重要な収入源だ。それをアレンが買い取ることで、冒険者たちにお金が流れ、経済が回る。
アレンとしても、魔石を確保できるので都合がいい。
こうして、ダンジョンランドで稼いだお金は、冒険者たちを経由して再び市場へと流れていく。
もっとも、アレンが経営する施設の中で、今や最も大きな収益を上げているのは、意外にも別の事業だった。
賭けである。
冒険者たちは、あらゆる場面で勝敗を賭ける。
騎士団の模擬戦、冒険者同士の試合、魔物討伐の成否。さらには、誰が優勝するのか、何分で決着がつくのかといった細かなことまで、賭けの対象になっていた。
そこでアレンは、冒険者ギルドに賭けの受付パネルを設置した。
仕組みは簡単だ。
賭けを主催する者は、まずパネルに試合や勝負の内容を登録する。
すると、参加者が賭けた金額に応じて、オッズが自動的に計算される。
賭けたい者は、パネルで対象と金額を選んで購入する。すると、購入内容が記録されたチケットが発行される。
勝負が終われば、主催者が結果を登録する。
あとは、当たりのチケットを持っている者が払い戻しを受けるだけだ。
面倒な計算も、賭け金の集計も、オッズの調整も必要ない。
パネルが全部やってくれる。
「……俺、何もしてなくないか?」
アレンは設置されたパネルを眺めながら呟いた。
実際、アレンがしたことといえば、賭けの仕組みを考えてパネルを設置したくらいだ。
勝負を主催するのは冒険者たち。
賭け金を出すのも冒険者たち。
勝敗を登録するのも主催者たち。
アレンは場所とシステムを提供しているだけだった。
それなのに、毎日とんでもない金額が動いている。
もちろん、賭け金のすべてがアレンの収入になるわけではない。勝者への払い戻しも必要だ。
しかし、還元率は90%に設定していた。
集まった賭け金のうち、90%を払い戻しに回し、残りの10%が運営側の取り分になる仕組みだ。
「還元率90%なんて、かなり良心的だと思うんだけどな」
アレンは収支報告を見ながら呟いた。
普通なら、運営する側にも元手が必要になる。
しかし、アレンの場合は違う。
賭け金は参加者から集まる。払い戻しも、その集まった金額をもとに行われる。
アレンが自分の懐から賞金を用意する必要はない。
つまり、元手がほとんどかからないのだ。
賭け金が増えれば増えるほど、運営側に入る金額も増えていく。
しかも、アレン自身は勝負の結果に関係なく収益を得られる。
冒険者たちが熱くなって賭ければ賭けるほど、アレンの懐も潤っていく。
「……ボロ儲けだな」
我ながら、ずいぶんと都合のいい商売を考えたものだ。
こうして、アレンのもとには毎日大量のお金が入ってくるようになった。
もっとも、入ってきたお金の大半は、冒険者からの魔石の買い取りなどに使われていく。
金が入っては出ていき、また入っては出ていく。
数字だけを見れば、とんでもない規模の商売だった。
しかし、アレン自身はそれほどお金に執着していなかった。
アレンにとって本当に必要なのは、ダンジョンポイントだからだ。
お金がいくらあっても、ダンジョンポイントに変換できなければ意味がない。
もちろん、事業を維持するためにはお金が必要だが、それ以上に増やすこと自体には興味がなかった。
ところが、身近にはそうでもない人物がいた。
「アレン! お金が貯まったわ!」
「そうか」
「賭けに行ってくるわね!」
「……またかよ」
アリスだった。
アリスは、お金が貯まるたびに賭けへと向かう。
商売で稼いだお金も、地道に貯めたお金も、気づけば賭け金に変わっている。
もちろん、勝つこともある。
しかし、勝ったからといって、そのお金を大切に保管するわけではない。
さらに大きな勝負を求めて、再び賭けるのだ。
「今度こそ大金を手に入れてみせるわ!」
「前にも聞いたぞ、それ」
「今回は自信があるのよ!」
「その台詞も何回聞いたかわからん」
アレンは呆れた。
アリスにとって、賭けとはお金を増やすための手段であると同時に、もはや娯楽そのものになっているらしい。
そして、もう一人。
セレスティアもまた、賭けを利用していた。
ただし、アリスとは目的がまるで違う。
セレスティアは賭けに勝って得たお金を、すべて孤児院に寄付していたのだ。
「……お前、勝った金は全部寄付してるのか?」
「ええ」
「自分で使おうとは思わないのか?」
「特に必要ないもの」
セレスティアは、さも当然のように答えた。
「そもそも、お金が欲しくて賭けをしているわけではないわ」
「じゃあ、何のために賭けてるんだ?」
「楽しそうだからよ。それに、勝てば孤児院の子供たちに使えるでしょう?」
アレンは黙った。
賭けに勝っても、自分の懐には一銭も残らない。
それどころか、最初から自分のお金を増やそうという気持ちすらないらしい。
勝負そのものを楽しみ、勝ったら誰かのために使う。
「……無欲って、強いんだな」
アレンはしみじみと呟いた。
アリスはお金を増やしたくて賭ける。
セレスティアはお金を欲しがらず、勝ったお金を他人に与える。
そして、アレンはお金を稼いでも、その大半を事業に回してしまう。
三人とも賭けを利用しているのに、目的はまるで違っていた。
「まあ、俺はダンジョンポイントさえ稼げればいいんだけどな」
アレンは収支報告を閉じた。
今日もまた、莫大なお金が入ってきて、その大半が出ていく。
それでも、ダンジョンポイントは着実に増えていた。
アレンにとっては、それで十分だった。
一方、アリスは今日も賭けに向かい、セレスティアは孤児院への寄付先を確認している。
同じ賭けをしているはずなのに、三人の欲望は見事なまでに噛み合っていなかった。
そしてアレンは、改めて思った。
無欲は最強だ。
……ただし、賭けで負けても生活に困らない人間に限るのかもしれない。




