サバイバルゲーム
アリスは失ったお金を取り戻すべく、新たな金策に乗り出していた。
「アレン! 新商品の販売を始めるわよ!」
「今度は何を売るんだ?」
「砂糖、塩、胡椒、醤油よ!」
「……調味料?」
アレンは微妙な顔をした。
アリスは気にすることなく、ダンジョンポイントを使って商品を用意していく。
砂糖、塩、胡椒、醤油。どれも料理には欠かせない品物だ。需要があるのは間違いない。
しかし、この世界にもすでに普及している。
珍しい商品というわけでもなければ、ダンジョンでしか手に入らない貴重品でもない。わざわざアリスから購入しなければならない理由はなかった。
「これなら確実に売れるわ!」
「まあ、売れるだろうな」
「でしょ!」
「でも、たいして儲からないんじゃないか?」
「うっ……」
アリスの動きが止まった。
図星だったらしい。
画期的な商品を売り出せば大きな利益を期待できるが、すでに普及している品物ではそうもいかない。
価格を高く設定すれば他の商人に客を取られ、安く設定すれば利益が減る。
結局、そこそこの利益を積み重ねる地道な商売になってしまう。
「いいのよ! 少しずつでも稼げば、そのうち大金になるんだから!」
「お前、そんな地道な努力ができる性格だったか?」
「失礼ね! 私だってやるときはやるのよ!」
アリスは商品を並べながら、ふんすと鼻を鳴らした。
失ったお金を取り戻す。
その目的のためなら、多少地味な商売だろうと構わないらしい。
もっとも、取り戻したお金を何に使うつもりなのかは、あえて聞かないことにした。
どうせ、また何かに使ってしまうのだろう。
そしてアリスは、さらなる金策を思いついた。
「そうだわ!」
嫌な予感がした。
アレンは思わず身構えたが、アリスはすでにダンジョンコアの前に立っていた。
「こうすれば、もっと効率よく稼げるはずよ!」
アリスはダンジョンコアに手を触れ、自分の魔力を注ぎ始めた。
ダンジョンコアに魔力を注げば、ダンジョンポイントに変換できる。
つまり、自分の魔力を直接お金に換えるというわけだ。
「…………おい、アリス」
「なに?」
「お前、何をしてるんだ?」
「見ればわかるでしょ! 魔力をダンジョンポイントに変換してるのよ!」
「それは見ればわかる。そうじゃなくて、なんでそんなことを始めたんだよ」
「お金が必要だからよ!」
アリスは即答した。
まるで、それ以外に理由などないと言わんばかりだった。
アレンは額に手を当てた。
こいつ、マジで身体を張り始めたよ。
一度に変換できる魔力は、300円相当のダンジョンポイントにしかならない。
しかも、一度変換すると魔力が回復するまでに6時間かかる。
つまり、24時間ずっと魔力の変換を繰り返したとしても、1日1200円にしかならない計算だ。
もちろん、実際には食事も睡眠も必要になる。
まともに生活しながら稼ぐなら、もっと少なくなるだろう。
「なあ、アリス」
「だから、なによ?」
「それ、割に合わなくないか?」
「何を言ってるのよ! 300円も稼げるのよ!」
「300円だぞ?」
「300円もよ!」
「魔力が回復するまで6時間かかるんだぞ?」
「だから何よ!」
「いや、だから……」
アレンは言葉に詰まった。
アリスは真剣だった。
普段なら少しでも面倒なことは避けようとするくせに、お金が絡むと別人のような行動力を発揮する。
「お前、そんなことをするくらいなら、普通に働いたほうがいいんじゃないか?」
「働いてるじゃない! 商品を売ってるわよ!」
「それとは別の話だ」
「それに、魔力は時間が経てば回復するんだから、使わないともったいないでしょ!」
「いや、魔力を使わずに済むなら、それに越したことはないと思うんだが……」
「アレンはお金に困っていないから、そんなことが言えるのよ!」
アリスは抗議するように声を上げた。
「私は失ったお金を取り戻さなきゃいけないの! 手段を選んでいる場合じゃないのよ!」
「……誰のせいで失ったんだっけ?」
「うるさいわね!」
アリスは再びダンジョンコアに向き直った。
どうやら、これ以上話をするつもりはないらしい。
アレンは呆れながら、その様子を眺めていた。
そういえば、前世には献血をするとお金がもらえた時代があったな。
いや、実際に経験したわけではない。昔見たドラマで、そんな話が出てきたのを思い出しただけだ。
自分の身体を使って金を稼ぐ。
そう考えると、今のアリスも似たようなものかもしれない。
ただし、献血なら一度で済むところを、アリスは6時間ごとに300円を稼ごうとしている。
しかも、魔力が回復するまでの時間を考えれば、決して効率のいい金策ではない。
「……まあ、頑張れよ」
「ええ! 絶対に取り戻してみせるわ!」
アリスは力強く宣言した。
その目には、並々ならぬ決意が宿っていた。
アレンは思った。
そこまでして金を稼ぎたいのか。
いや、違う。
こいつは金を稼ぎたいんじゃない。
失った金を取り戻したいだけなんだ。
その執念を別のことに向ければ、もっと大きな成果を出せる気がするのだが、本人にそのつもりはなさそうだった。
アレンは深く考えるのをやめた。
アリスの金銭感覚に付き合っていたら、こちらまで疲れてしまう。
そして、アリスが地道な金策に励む一方で、騎士団の模擬戦は新たな形で流行していた。
最初に開催された大規模な模擬戦は、多くの人々の注目を集めた。
参加者たちは日頃鍛えた技術を競い合い、観客たちは熱戦に沸いた。
しかし、あれほどの規模の大会を何度も開催するのは難しい。
会場の準備も必要だし、参加者を集めるだけでも一苦労だ。騎士団にとっても、毎回大規模な大会を開くのは負担が大きかった。
そこで、模擬戦は少人数による小規模なものへと変化していった。
数人ずつのチームを組み、決められた範囲の中で戦う。
相手を見つけて追い詰めるチームもあれば、地形を利用して待ち伏せするチームもある。
正面からの戦闘だけでなく、仲間との連携や作戦の立て方も勝敗を左右する。
力の強い者が一人いるだけでは、必ずしも勝てない。
相手の動きを予測し、仲間の得意分野を生かし、状況に応じて戦い方を変える。
それが、小規模な模擬戦の面白さだった。
やがて、この形式は騎士団だけでなく、冒険者たちの間にも広がっていった。
冒険者たちは独自のチームを作り、互いに腕を競い合うようになる。
本物の魔物を相手にする実戦とは違い、勝敗を競うこと自体が目的だ。
もちろん、安全には十分に配慮されていた。
それでも、相手の裏をかいて勝利したときの喜びは格別だった。
いつしか人々は、この遊びをサバイバルゲームのようなものとして楽しむようになっていた。
大規模な大会とは違い、少人数でも気軽に参加できる。
仲間を集めれば開催できるため、各地で何度も行われるようになった。
こうして模擬戦は、一度きりの大きなイベントから、日常的に楽しめる娯楽へと変わっていったのである。




