演習当日
騎士団対抗軍事演習のルールはシンプルだった。
相手の陣地にあるフラッグを奪うか、相手の大将を討ち取れば勝利。
ただし、死人が出ないように騎馬の使用は大将のリリアのみ許可され、魔法は禁止。武器は木刀や木槍を使用し、攻撃が当たった者はダメージの大小にかかわらず即座に退場となる。
そして、両軍には陣地の準備期間として一日が与えられた。
ルールはたったこれだけだ。
しかし、この単純なルールが、両軍の運命を大きく分けることになる。
リリアの騎士団は、国軍にも勝ると噂される精鋭集団だった。
騎士団には冒険者ランクBの実力者がゴロゴロいる。個々の戦闘能力だけでなく、日頃から厳しい訓練を積んでいるため、集団戦にも強い。
対するセレスティアの騎士団も決して弱くはないが、兵士の質という点ではリリアの騎士団に軍配が上がると考えられていた。
そのため、勝敗予想もリリア有利という見方が圧倒的だった。
賭けのオッズはリリアが1.4倍、セレスティアが3倍。
大半の人間がリリアの勝利を予想していた。
「今回こそ、絶対に勝つわ!」
アリスは鼻息を荒くしていた。
「お前、またリリアに全財産を賭けたのか?」
俺が呆れながら尋ねる。
「当然でしょう! リリアが負けるわけないじゃない!」
「前にも似たようなことを言っていた気がするんだが……」
「今回は大丈夫よ!」
「その台詞、前にも聞いたぞ」
アリスは俺の言葉を無視して、映画館のスクリーンを見つめた。
懲りない奴だ。
もっとも、リリアの騎士団の実力を考えれば、彼女の予想も決しておかしくはない。
しかし、今回の演習は単純な戦闘能力だけで勝敗が決まるわけではなかった。
「お姉様が負けるはずありませんわ!」
フローラは自信満々に宣言した。
彼女はセレスティアに一億を賭けていた。
「……フローラ、お前まで大金を賭けたのか」
「当然ですわ! お姉様の実力を疑う理由などありませんもの!」
「いや、今回のルールだと個人の実力だけじゃ決まらないと思うぞ」
「アレン様はお姉様が負けるとおっしゃるのですか?」
「そこまでは言ってないだろ」
俺は肩をすくめた。
ちなみに、リリア本人も自分に百万円を賭けていた。
「私が負けるわけないわ!」
リリアは胸を張って宣言する。
どうやら、本人も絶対の自信を持っているらしい。
まあ、実力だけなら今回の参加者の中でもトップクラスだろう。
だが、問題はそこではない。
そして、セレスティアはというと……。
「ふふふ」
何やら楽しそうに笑っていた。
その様子を見て、俺は確信した。
こいつ、絶対に何か企んでいる。
◆
軍事演習の準備期間は一日。
リリアはその一日を、作戦会議に費やしていた。
「敵陣を突破し、フラッグを奪取する。あるいは敵の大将を討ち取れば勝利だ。敵の兵士を一人ずつ倒していけば、いずれ数の差で押し切れるだろう」
リリアは地図を広げ、騎士団の幹部たちと作戦を練っていた。
騎士団の兵士たちも真剣な表情で話を聞いている。
相手の兵士の質が自分たちより劣るなら、正面から押し切るのが最も確実だ。
それが彼らの考えだった。
「敵の大将であるセレスティアを討ち取れば、それだけで勝利です。私たちの実力なら、敵陣への突破も可能でしょう」
「よし、その方針でいこう!」
リリアは力強く頷いた。
一方、セレスティアはというと……。
「この辺りに柵を設置してちょうだい。それから、こちらには罠をお願い」
「はっ!」
騎士たちが忙しそうに動き回っていた。
陣地の周囲には柵が設けられ、進軍を妨げる障害物が次々と設置されていく。
通路には巧妙に仕掛けられた罠。
敵が進んできそうな場所には、木槍を構えた兵士たちが待ち構えられるように配置された。
セレスティア自身も地図を確認しながら、次々と指示を出していく。
「この場所は見通しがいいから、伏兵を置きましょう。こちらの通路は狭いから、少人数でも足止めできるはずよ」
「承知しました!」
セレスティアの騎士団は、着々と防御陣地を完成させていった。
そして、準備期間の終了間際。
「これで準備は完了ね」
セレスティアは満足そうに頷いた。
その姿を見て、俺は思わず笑みを浮かべた。
「なるほどな。そういうことか」
兵士の質ではリリアの騎士団が上。
しかし、今回のルールでは、相手の兵士を全滅させる必要はない。
フラッグを奪うか、大将を討ち取れば勝利なのだ。
ならば、無理に正面から戦う必要などない。
むしろ、相手が攻めてくるとわかっているなら、迎え撃つ準備を整えた方が有利になる。
「戦う前から勝敗は見えたな」
俺はそう呟き、セレスティアに一億を賭けた。
◆
そして、ついに軍事演習当日。
両軍の騎士たちは、それぞれの陣地に集結していた。
映画館では、巨大なスクリーンに戦場の映像が映し出されている。
観客席は満員だった。
自分が賭けた騎士団を応援する者。
純粋に軍事演習を楽しみに来た者。
そして、どちらが勝つのか予想しながら、酒や食べ物を片手に盛り上がる者。
映画館は、試合開始前から大きな熱気に包まれていた。
『それでは、これより騎士団対抗軍事演習を開始します!』
実況の声が響き渡る。
両軍の大将が紹介され、スクリーンにはリリアとセレスティアの姿が大きく映し出された。
リリアは馬上で堂々と胸を張り、セレスティアは陣地の中央で落ち着いた様子だった。
『果たして、勝利するのはリリア騎士団か、それともセレスティア騎士団か!』
そして、開始の合図が鳴り響いた。
「全軍、進め!」
リリアの号令とともに、騎士団が一斉に進軍を開始した。
先頭にはリリア自身が立ち、兵士たちを率いて敵陣へと向かっていく。
その姿は勇ましく、映画館の観客からも歓声が上がった。
だが、俺はスクリーンを見ながら首を傾げた。
「……おい、リリア。大将が先頭に立ってどうするんだよ」
大将が討ち取られれば、その時点で負けなのだ。
それなのに、リリアは自ら危険な最前線に立っている。
「見ていてハラハラするな……」
隣のアリスも、両手を握りしめてスクリーンを見つめていた。
「リリア! もっと後ろに下がって!」
もちろん、スクリーンに向かって叫んだところで、本人に届くはずもない。
対するセレスティアは、陣地の中央で優雅に紅茶を飲んでいた。
「……余裕だな、あいつ」
俺は苦笑した。
やがて、リリアの騎士団が敵陣に迫る。
「このまま一気に突破するぞ!」
リリアの号令に、騎士たちが勢いよく進軍した。
ところが。
「止まれ! 前方に柵だ!」
先頭の騎士が叫んだ。
敵陣の前には、頑丈な柵が設置されていたのだ。
騎士たちは進路を塞がれ、足を止めざるを得なかった。
「柵など、回り込めばいい!」
リリアはすぐに指示を出した。
騎士たちは柵を避け、別の進路を探そうとする。
しかし、その先にも柵があった。
「こちらも塞がれています!」
「何だと!?」
リリアが驚いた、その瞬間。
「今よ! 攻撃開始!」
セレスティアの号令が響いた。
柵の向こうから、長い木槍が一斉に突き出された。
「うわっ!」
「ぐっ、退場か!」
槍が身体に当たった騎士たちが、次々と戦線を離脱していく。
木槍はリーチが長い。
対して、リリアの騎士団が持っている武器は……。
「……あれ?」
俺はスクリーンを凝視した。
「なあ、アリス。リリアの騎士団って、ほとんど木刀じゃないか?」
「えっ?」
アリスも画面を見直した。
確かに、リリアの騎士団は木刀を持った兵士が大半だった。
一方、セレスティアの騎士団は長槍を装備している。
柵の向こうから一方的に攻撃できる上、接近することも難しい。
「……そういうことか」
俺は思わず呟いた。
セレスティアは最初から、敵を陣地に近づけないことを考えていたのだ。
柵で進軍ルートを制限し、罠で足を止め、長槍で一方的に攻撃する。
単純だが、今回のルールでは非常に効果的な戦術だった。
「ちょっと待って! リリアの騎士団、どんどん退場してるわよ!」
アリスが悲鳴を上げた。
スクリーンには、罠に足を取られた騎士や、柵の向こうから伸びてきた槍に触れて退場する騎士たちが次々と映し出されていた。
リリアの騎士団は個々の実力では勝っているはずなのに、その実力を発揮する機会すら与えられない。
攻めようとすれば柵に阻まれ、迂回しようとすれば罠が待ち構え、強引に突破しようとすれば長槍の餌食になる。
まさに一方的な展開だった。
「そ、そんな……」
アリスの顔が青ざめていく。
全財産をリリアに賭けた彼女にとって、これは悪夢のような光景だった。
一方、フローラは胸を張っていた。
「お姉様が負けるわけありませんわ!」
スクリーンでは、セレスティアの騎士団が優勢に戦いを進めている。
フローラは自分の予想が正しかったことを確信し、満足そうに頷いていた。
「まさか、ここまで一方的になるとは思いませんでした……」
クラリスが驚いた様子で呟いた。
「兵士の質ではリリアの騎士団が上だと聞いていたのですが、戦い方一つでここまで変わるのですね」
「俺もだよ。まさか、ここまで一方的になるとはな」
いや、正確には苦戦というより、一方的にやられていると言った方が正しいだろう。
リリアの騎士団は、次々と兵士を失っていた。
やがて、数の差が縮まり始める。
「くっ……! このままでは押し切られる!」
リリアは歯を食いしばった。
敵陣を突破しようにも、残った兵士だけでは数が足りない。
ならば、自分が前に出て道を切り開くしかない。
そう判断したリリアは、馬を走らせた。
「私に続け!」
しかし、セレスティアは落ち着いたままだった。
「大将が前に出てくるなら、そこを狙いましょう。無理に追いかけなくていいわ。進路を塞いで、フラッグを守りなさい」
「はっ!」
セレスティアの騎士たちは、冷静に陣形を整えた。
リリアは何度も進路を変えながら、敵陣を突破しようとする。
だが、どこへ向かっても柵や罠が待ち構えていた。
しかも、大将であるリリアが討ち取られれば、その時点で敗北が決まる。
無理に突っ込むわけにもいかない。
「……なんだか、鬼ごっこみたいだな」
俺は思わず呟いた。
リリアは馬に乗って戦場を走り回り、セレスティアの騎士たちは大将を狙って追いかけている。
大将を討ち取れば勝利なのだから、追いかける側も必死だ。
「待ちなさい、リリア様!」
「待つわけないでしょう!」
リリアは馬を走らせ、迫りくる騎士たちから必死に逃げ回った。
追手を振り切って敵陣を突破しようにも、行く手には柵があり、迂回すれば罠が待ち構えている。
リリアは何度も進路を変え、敵兵を振り切ろうとするが、セレスティアの騎士たちはしつこく追いすがってくる。
「大将を逃がすな! 追え!」
戦場を駆け回るリリアと、その後を追いかける騎士たち。
俺はスクリーンを見ながら、思わず笑った。
「本当に鬼ごっこみたいだな」
「笑ってる場合じゃないわよ!」
隣でアリスが叫んだ。
全財産をリリアに賭けた彼女にとっては、笑い事ではない。
リリアは必死に逃げ回っていたが、その間にもセレスティアの騎士団は着実に戦場を制圧していく。
そして、リリアが追い回されている隙に、別働隊がリリアの陣地へと向かった。
「フラッグを確保しました!」
『勝者、セレスティア騎士団!』
実況の声が響き渡った。
結局、リリアは最後まで追い回され、フラッグを奪われて敗北したのだった。
◆
「くぅぅ……!」
演習を終えたリリアは、悔しそうに顔をしかめていた。
「魔法が使えたら結果は変わったわよ!」
「決められたルールで力を出せないと意味ないでしょ」
アリスが冷静に突っ込んだ。
「うぐっ……!」
リリアは言葉に詰まった。
今回のルールでは魔法は禁止されていた。魔法が使えたらというのは、ただの負け惜しみでしかない。
「それに、あんな柵や罠を仕掛けるなんて卑怯じゃない!」
リリアはセレスティアに抗議した。
「リリア。今回のルールに、柵や罠を使ってはいけないなんて書いてあったかしら?」
「それは……」
「魔法は禁止。攻撃を受けたら退場。フラッグを奪うか、大将を討ち取れば勝利。それだけでしょう?」
「うぐぐ……!」
「私は、そのルールに従って戦っただけよ」
セレスティアは優雅に微笑んだ。
「それとも、あなたは自分に有利なルールでなければ勝てないと言いたいの?」
「そ、そんなことは言ってないわよ!」
「なら、負け惜しみはそこまでにしておきなさい」
リリアは悔しそうに顔をしかめた。
しかし、反論はできなかった。
セレスティアの言うとおり、ルール違反は何一つなかったのだから。
「くぅぅ……次は負けないわよ!」
「ええ。楽しみにしているわ」
セレスティアは余裕の笑みを浮かべた。
◆
映画館は歓声と悲鳴に包まれていた。
「やったあああ!」
「セレスティア様、最高!」
セレスティアに賭けていた観客たちが大喜びする。
一方、リリアに賭けていた者たちは、肩を落としていた。
「嘘だろ……」
「リリア様が負けるなんて……」
そして、最も絶望していたのはアリスだった。
「……私の全財産が……」
「だから、賭けすぎだって言っただろ」
「うるさいわね! こんな結果、誰が予想できるのよ!」
「いや、俺は予想してたぞ」
「えっ?」
アリスが勢いよく振り向いた。
「まさか、あなた……」
「戦う前に勝敗は見えたからな。セレスティアに一億賭けておいた」
「い、一億!?」
アリスが目を見開いた。
「ちょっと待って! あなた、いつの間にそんな賭けをしたのよ!」
「準備期間のときだな」
「ずるいわよ!」
「何がずるいんだよ。ルールを見て、勝てそうな方に賭けただけだろ」
「私だって勝てそうな方に賭けたわよ!」
「お前は兵士の強さしか見てなかっただろ」
「うっ……」
アリスは言葉に詰まった。
今回の勝敗を分けたのは、兵士個人の実力ではなかった。
与えられた準備期間をどう使うか。
どのような武器を選ぶか。
そして、どんな戦い方をするか。
セレスティアはルールを最大限に利用し、リリアの騎士団の強みを封じ込めたのだ。
映画館では、勝った方に賭けた人たちから歓声が上がり、負けた方に賭けた人たちから悲鳴が上がっていた。
賭けの結果も明暗が分かれた。
リリアに賭けていた者たちは大損し、セレスティアに賭けていた者たちは大喜びだ。
フローラも満足そうに頷いていた。
「やはり、お姉様が勝ちましたわ!」
賭けた一億がどうなったのか、彼女はすっかり忘れているようだった。
「いやあ、面白かったな」
俺は映画館の様子を眺めながら満足していた。
予想以上の盛り上がりだった。
勝者に賭けていた観客は歓声を上げ、敗者に賭けていた観客は悲鳴を上げる。
演習そのものも見応えがあり、最後まで観客を飽きさせなかった。
何より、セレスティアとリリアという二人の有名人が対決したことで、注目度も高かった。
「これは、いい娯楽になったな」
騎士団の演習によってポイントも稼げたし、映画館にも大勢の客が集まった。
さらに、勝敗予想の賭けも大盛況だった。
今後も騎士団同士の演習を定期的に開催すれば、人気イベントになるかもしれない。
「次は別の騎士団も呼んでみるか?」
そんなことを考えていると、アリスが恨めしそうにこちらを睨んできた。
「……アレン」
「なんだ?」
「私の全財産……」
「だから、賭けはほどほどにしろって言っただろ」
「言われてないわよ!」
「そうだったか?」
「そうよ!」
俺は笑ってごまかした。
まあ、アリスには悪いが、今回の演習は大成功だった。
セレスティアは勝利し、リリアは悔しがり、映画館は大盛況。
そして俺は、一億を賭けて大儲け。
これ以上ない結果だ。
「次の開催も決まりだな」
「絶対に参加しないわよ!」
アリスが叫んだ。
……まあ、次の賭けが始まったら、また全財産を賭けそうな気もするが。
俺はそんなことを考えながら、満足げに頷いた。
騎士団対抗軍事演習は、大成功に終わったのだった。




