軍事演習の準備
「アレン、お願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「大量の木刀と木槍を用意してくれない?」
「……大量って、どれくらいだ?」
「そうね。両方合わせて数千本くらいかしら」
「いきなりとんでもない数だな。いったい何に使うんだ?」
「私の騎士団とリリアの騎士団で、軍事演習をすることになったのよ」
「なるほど。そういうことか」
俺は納得した。
騎士団同士の軍事演習なら、確かにそれくらいの武器は必要になるだろう。
ただ、わざわざ俺に頼んでくるということは、何か理由があるはずだ。
「それで、どうして俺に頼むんだ? 木刀や木槍くらい、普通に用意できるだろ」
「数が多いから、用意するのが大変なのよ。それに、せっかくならアレンのダンジョンで演習をしたいと思って」
「ダンジョンで?」
「ええ。広い場所もあるし、移動にも便利でしょう?」
「まあ、それはそうだな」
俺は少し考えた。
騎士団が大勢集まって戦うとなれば、相当な規模のイベントになる。
しかも、武器は木製だ。実戦さながらの訓練をしながら、致命的な事故が起きる危険も減らせる。
そして何より、ダンジョン内で大勢の人間が活動してくれるのはありがたい。
「ダンジョン内でやってくれるなら、ポイントがたくさん入りそうだからいいぞ」
「本当? 助かるわ」
「ただし、訓練の内容や参加人数は事前に教えてくれよ。場所の準備も必要だからな」
「わかったわ」
セレスティアは嬉しそうに頷いた。
「それと、お願いがもう一つあるの」
「まだあるのか?」
「その日だけ、移動のルールの制限を解除してくれない?」
「……何の話だ?」
「騎士団を移動させるとき、ダンジョン間の移動に制限があるでしょう? それを解除してほしいのよ」
「いや、お前の管轄のダンジョンと、リリアの領地の端にあるダンジョン、それにクラリスの国のダンジョンは、もともと制限をかけてないぞ」
「そうなの?」
セレスティアが目を丸くした。
「知らなかったのか?」
「だって、普段は自分の管轄のダンジョンしか使わないもの」
「まあ、そうだろうな」
俺は頷いた。
そもそも、その三つのダンジョンは特別な扱いになっている。
「その三つのダンジョンは一般開放していないからな。王国にだけ複数のダンジョンがあると明かしたら、不満が出そうだろ?」
「ああ、なるほどね」
「他国からすれば、王国だけが便利な移動手段を持っているように見えるからな。余計な政治問題を増やす必要はない」
「確かにそうね。でも、せっかく便利なのに、使わないのはもったいないわね」
「それは否定しない」
「そういえば、私が実家に帰るときくらいしか利用していないわね」
「お前、そんな使い方しかしてなかったのかよ」
「だって、普段は必要ないもの」
「まあ、使う必要がないなら無理に使うこともないけどな」
ダンジョン間を自由に移動できる仕組みは便利だ。
しかし、便利だからといって誰にでも使わせるわけにはいかない。
各国の事情もあるし、移動手段が軍事的な意味を持つこともある。
そのあたりを考えて、一般には公開していないのだ。
「それで、軍事演習はいつやるんだ?」
「日程はこれから調整するわ。両方の騎士団を集める必要があるから、少し時間がかかると思う」
「わかった。木刀と木槍の準備はしておく」
「ありがとう、アレン」
セレスティアは満足そうに笑った。
そこで、俺はふと思いついた。
「なあ、その軍事演習、映画館で放送していいか?」
「……え?」
セレスティアがきょとんとした。
「映画館で放送って、どういうこと?」
「そのままの意味だ。演習の様子を撮影して、映画館で流すんだよ」
「軍事演習を?」
「そうだ。騎士団同士が大勢で戦うんだろ? 普段はなかなか見られない光景だし、興味を持つ人間も多いと思うぞ」
「でも、見ていて面白いかしら?」
「それは見せ方次第だな」
俺は説明を始めた。
「ただ遠くから撮影するだけじゃ、何をやっているのかわからない。だから、両軍の指揮官や騎士団の特徴を事前に紹介するんだ。演習中も戦況を解説して、どちらが優勢なのかを観客に伝える」
「なるほど……」
「さらに、指揮官がどんな作戦を使ったのか、どうしてその作戦が成功したのかを説明すれば、軍事に詳しくない人間でも楽しめるだろう」
「確かに、それなら見てみたい人もいそうね」
「だろ?」
騎士団同士の戦いは、単純に人数が多ければ勝てるというものでもない。
指揮官の判断、部隊の連携、兵士の練度。
そうした要素が勝敗を左右する。
見せ方さえ工夫すれば、十分に娯楽として成立するはずだ。
「それに、どちらが勝つか賭けさせたら、もっと盛り上がるぞ」
「賭け?」
セレスティアの目が輝いた。
……しまった。
どうやら、余計なことを言ってしまったらしい。
「だったら、私の騎士団に一億賭けるわよ!」
「一億!?」
俺は思わず声を上げた。
「お前、いきなり大金を賭けるなよ!」
「何を言っているの? 自分の騎士団が勝つと信じるのは当然でしょう?」
「いや、信じるのと一億賭けるのは別の話だろ!」
「アレンが賭けを提案したんじゃない」
「提案したのは勝敗予想であって、一億賭けろとは言ってない!」
セレスティアは俺の抗議を聞き流し、腕を組んだ。
「それに、私は勝つ自信があるわ」
「そんなに強いのか、お前の騎士団は?」
「兵士の質なら、リリアの騎士団の方が上かもしれないわね」
「……は?」
俺はセレスティアの顔を見た。
「ちょっと待て。兵士の質では負けているかもしれないのに、自分の騎士団に一億賭けるのか?」
「ええ」
「どういうことだよ!」
「当日を楽しみにしてなさい」
セレスティアは意味ありげな笑みを浮かべた。
兵士の質ではリリアの騎士団が上。
それなのに、セレスティアは自分の騎士団が勝つと確信している。
いったい何を考えているのだろうか。
「おい、セレスティア。何か作戦があるなら、少しくらい教えてくれてもいいだろ」
「駄目よ。演習前に手の内を明かしたら、面白くないでしょう?」
「いや、俺は会場を用意する側なんだが?」
「だから何?」
「いや、何って……」
セレスティアは涼しい顔で言い切った。
「アレンは木刀と木槍を用意して、映画館で放送する準備をしてくれればいいのよ。勝敗は当日のお楽しみ!」
「……はいはい」
俺は諦めてため息をついた。
どうやら、何を聞いても教えてくれるつもりはないらしい。
しかし、これは面白くなってきた。
リリアの騎士団は、王国でも屈指の実力を持つ。
兵士の質が上だというなら、普通に考えればリリア側が有利だろう。
それなのに、セレスティアは一億もの大金を賭けると言い出した。
勝算があるのか、それとも単なる自信過剰なのか。
いずれにしても、結果が気になるところだ。
「よし、演習の準備を進めるか」
木刀と木槍を大量に用意する。
演習場を整備する。
撮影の準備をして、映画館で放送できるようにする。
そして、勝敗予想の企画も考える。
騎士団の軍事演習が、いつの間にか大規模な娯楽イベントになりそうだった。
「これはポイントが稼げそうだな」
俺は思わず笑みを浮かべた。
軍事演習をするだけでもポイントが入る。
それを映画館で放送すれば、観客も集まる。
さらに勝敗予想まで加われば、演習そのものに参加しない人間からも注目を集められるだろう。
ただし、一つだけ気になることがある。
「……セレスティアの奴、本当に何を考えているんだ?」
兵士の質ではリリアが上。
それでも勝てるという自信。
その理由がわからない以上、俺には予想することもできなかった。
まあ、いい。
どうせ演習の日になればわかる。
俺は木刀と木槍の発注を始めることにした。
セレスティアが何を仕掛けてくるのか。
そして、リリアがそれにどう対抗するのか。
今から当日が楽しみだった。




