魔法の可能性
この世界には魔法がある。
しかし、誰もが自由に使えるほど身近なものではなかった。
人間なら誰でも魔力を持っている。
そのため、魔力を動力とする魔道具なら、基本的には誰でも使用できる。魔道具に魔力を流すだけで動くものも多く、魔法を使えない人々にとっても、魔道具は便利な道具として生活に溶け込んでいた。
では、魔法を使える者と使えない者の違いは何なのか。
それは、魔力を体の外へ排出できるかどうかだった。
魔力を体内で扱うことと、体外へ放出することは別の技術なのだ。
そして、魔力を体外へ排出するには、幼い頃からの練習が必要になる。
適切な方法を教わり、少しずつ感覚を身につけていく。
ところが、その方法を教えられる者は少なかった。
結果として、幼い頃から魔法を学ぶ機会に恵まれる貴族は魔法を使えるようになりやすく、平民の大半は魔法を使えないまま成長する。
魔法の才能があるかどうか以前に、学ぶ機会があるかどうかで差がついてしまうのだ。
もちろん、例外も存在する。
独学で魔力の放出方法を身につけ、魔法を使えるようになった平民もいる。
そうした者たちは、下手な貴族よりも優れた魔法使いになることさえあった。
教わる機会がなかったにもかかわらず、自分で魔法の仕組みを考え、試行錯誤を繰り返して使えるようになったのだから、当然といえば当然かもしれない。
しかし、そうした平民は少数派だった。
そもそも、魔法を使えなくても生活に困るわけではない。
魔道具は誰でも使えるし、日常生活に必要な仕事の大半は、魔法がなくてもこなせる。
あれば便利だが、なければ困るというものでもないのだ。
さらに、貴族たちには魔法の知識を積極的に広めたくない事情もあった。
魔法が貴族だけの特別な技術でなくなれば、彼らが持つ権威の一部が失われかねない。
そのため、魔法の知識は貴族の間で秘匿されやすく、平民が学ぶ機会も限られていた。
こうして、魔法は存在するにもかかわらず、広く普及することはなかったのである。
さて、魔法には属性がある。
基本的には一人につき一属性。
複数の属性を扱える者は少なく、それだけでも優れた才能の持ち主と見なされる。
有名な属性は、火、水、風、土、木の五つだ。
このほかにも光や闇、聖といった属性が存在するが、使える者はかなり少ない。
属性によって世間の評価も異なっていた。
特にもてはやされるのは火属性だ。
火は攻撃に使いやすく、目に見えて威力もわかりやすい。戦闘で活躍する姿を想像しやすいため、火属性の魔法使いは高く評価される傾向にあった。
一方、風属性や土属性は、外れ扱いされることが多かった。
風を起こしたり、土を動かしたりする能力。
もちろん、使い方次第で便利なのだが、火属性のように派手な攻撃魔法を使うイメージが先行するため、評価されにくいのである。
だが、本当に風属性や土属性は外れなのだろうか。
現代日本の人間なら、そんな評価には疑問を持つかもしれない。
アニメや漫画を見て育った人間なら、魔法の使い方などいくらでも想像できる。
風を刃にして飛ばす。
空気の流れを操って飛行する。
土を自在に変形させ、壁や建物を作る。
地面を隆起させて敵の動きを封じる。
発想次第で、さまざまな使い方が考えられるのだ。
ところが、この世界の人々は、そうした可能性に十分気づいていなかった。
魔法は昔から存在する。
だからこそ、これまでの使い方が当たり前になってしまっているのかもしれない。
そんな中、アレンのダンジョンには映画館がある。
そして、アレンは時折、そこでアニメを流すことがあった。
アニメの中では、現実では考えられないような魔法が登場する。
火属性の魔法使いが炎を自在に操り、風属性の魔法使いが空を飛び、土属性の魔法使いが巨大な建造物を生み出す。
もちろん、アニメの演出には誇張もある。
しかし、その発想自体は、魔法の新たな使い方を考えるきっかけになるかもしれない。
もし、アニメを見た誰かが、そこで描かれた魔法を再現しようとしたら。
もし、今まで外れ扱いされていた属性で、誰もが驚くような魔法を生み出したら。
これまでの評価が覆る可能性だってある。
火属性こそ優れているという常識が崩れ、風属性や土属性が見直される日が来るかもしれない。
ただし、アニメを見ただけで魔法が使えるようになるわけではない。
そもそも、魔力を体外へ排出する段階でつまずく者もいる。
映像を見て発想を得たところで、それを実現できるかどうかは別の話なのだ。
それでも、誰かが新しい可能性に気づくきっかけにはなるだろう。
アレンが映画館で流しているアニメ。
それが、この世界の魔法にどのような影響を与えるのか。
いつかアニメで見た魔法を再現する者が現れ、世間の評価を覆すことになるのだろうか。
それは、まだ誰にもわからない。




