エレナの一日
エレナの毎日は規則正しい。
毎日、ほとんど同じことしかしていないともいえる。
朝、エレナは優雅に目を覚ます。
身支度を整えると、すでに用意されている朝食をとる。
焼きたてのパンに、彩り豊かなサラダ、温かいスープに新鮮な果物。
エレナの立場ともなれば、食事ひとつとっても手抜きは許されない。専属の料理人たちが腕を振るい、栄養も味も見た目も申し分のない料理を用意してくれるのだ。
エレナはゆっくりと食事を楽しみ、食後のお茶まで堪能する。
慌ただしく食事を済ませる必要などない。
なぜなら、彼女の一日はあらかじめ決められた予定に沿って進んでいくのだから。
朝食を終えると、エレナは教会へ向かう。
もちろん、一人ではない。
エレナほどの立場になれば、お供がつくのは当然だ。護衛や身の回りの世話をする者たちが同行し、移動中も彼女の安全を確保する。
教会に到着すると、まずは神に祈りを捧げる。
聖女として欠かせない、大切な時間だ。
祈りを終えると、エレナは用意された部屋へと移動する。
ここからが本日の仕事である。
もっとも、仕事といっても、エレナ自身が患者を診るわけではない。
彼女の役割は、緊急事態に備えて待機することだった。
教会には、怪我人や病人が次々と運ばれてくる。
軽い怪我なら治療師が対応するし、一般的な病気なら医師や神官たちが治療にあたる。
腕の立つ治療師も大勢いるため、大半の患者は彼らの手で治療できる。
では、エレナは何をするのか。
彼女は最後の切り札なのだ。
エレナが使えるパーフェクトヒールは、エリクサーに匹敵するほどの力を持っている。
重傷を負った者であろうと、通常の治療では助からない者であろうと、パーフェクトヒールなら救える可能性がある。
ただし、一日に一度しか使えない。
逆にいえば、毎日エリクサーが手に入るようなものだ。
これほど貴重な力を、簡単に使うわけにはいかない。
もし朝のうちに使ってしまい、その日の午後にもっと深刻な患者が運ばれてきたらどうするのか。
もし一度の治療で救えるはずだった命を、使いどころを誤ったせいで救えなくなったらどうするのか。
だからこそ、エレナは普段から患者の治療にあたらない。
他の者たちで対応できるなら、任せる。
それでも対応できない事態が起きたときに、初めてエレナが動くのだ。
そのためには、いつでもパーフェクトヒールを使えるようにしておく必要がある。
エレナが待機していること自体に意味があるのだった。
さて、そんな重要な任務についているエレナだが、待機中は何をしているのだろうか。
緊急事態に備えて、ずっと緊張しているのだろうか。
それとも、いつ呼び出されてもいいように、集中力を研ぎ澄ませているのだろうか。
答えは――。
優雅に紅茶を飲んでいた。
テーブルには、見た目も美しい茶菓子が並んでいる。
エレナは紅茶を味わいながら、ゆっくりと茶菓子を口に運ぶ。
もちろん、呼び出しがあればすぐに対応できる。
そのための待機なのだから、問題はない。
紅茶を飲むことも、茶菓子を食べることも、待機の妨げにはならないのだ。
むしろ、適度に休息をとり、心身ともに万全の状態を維持することは重要である。
少なくとも、エレナはそう考えていた。
そして、時間は過ぎていく。
午前中、特に問題はなかった。
昼食も優雅に済ませた。
午後になっても、緊急事態の知らせは届かなかった。
途中、軽傷の患者が何人か運ばれてきたが、治療師たちが問題なく対応した。
エレナの出番はない。
夕方になり、教会での一日の業務が終わろうとしていた。
「本日も、特に問題はありませんでした」
報告を受けたエレナは、穏やかに頷いた。
「それはよかったです」
今日もパーフェクトヒールを使う必要はなかった。
エレナは最後まで出番のないまま、一日を終えたのである。
こうして、聖女エレナの規則正しい一日は幕を閉じた。
朝食をとり、教会へ向かい、祈りを捧げ、待機する。
紅茶を飲み、茶菓子を食べ、また待機する。
そして、何事もなければ帰る。
傍から見れば、ずいぶんと優雅な生活に見えるかもしれない。
しかし、エレナは最終兵器なのだ。
最終兵器が毎日のように出動するような状況こそ、問題なのである。
今日も出番がなかった。
それはつまり、エレナの力を必要とするほどの深刻な事態が起きなかったということだ。
最終兵器の出番がないのは、いいことなのだ。
……もちろん、毎日おいしい紅茶と茶菓子を楽しめるエレナにとっても、悪いことではなかった。




