大会の後始末
冒険者世界一を決める大会が終わった。
優勝したのはBランクの剣士だった。
大会を観戦していたリリアは、悔しそうに呟いた。
「決勝戦の相手なら勝てたのに……」
リリアは予選一回戦で敗退していた。
決勝戦を見ているうちに、自分なら勝てたのではないかという思いが込み上げてきたのだ。
その隣では、アリスがうなだれていた。
「私の全財産……」
アリスはリリアに全財産を賭けていた。
リリアは実力のある冒険者で、優勝候補の一人だった。優勝時の倍率はわずか1.1倍。
つまり、リリアが優勝しても大儲けできるわけではない。
それでもアリスは、リリアなら優勝できると信じて全財産を賭けたのだ。
しかし、現実は非情だった。
リリアは予選一回戦で敗退。
アリスの全財産も、そこで消えた。
「リリアなら勝てると思ったのに……」
「私だって、こんなところで負けるとは思わなかったわよ!」
リリアも悔しそうだった。
「決勝戦まで勝ち進んだ冒険者を見てみなさい。私なら勝てたはずよ!」
「そんなこと言われても、私のお金は戻ってこないのよ!」
アリスは涙目だった。
リリアが優勝しても、倍率は1.1倍。全財産を賭けたところで大金持ちになれるわけではなかった。
それなのに、優勝どころか予選一回戦で負けてしまった。
「せめて決勝まで行ってくれれば……」
「だから、私なら勝てたって言ってるでしょう!」
「もう遅いのよ!」
アリスは頭を抱えた。
そんな二人を横目に、セレスティアは満足そうに頷いていた。
「賭け事って普段はやらないけど、盛り上がる理由がわかったわ」
勝敗が決まるたびに歓声が上がり、予想が当たれば喜び、外れれば落胆する。
ただ試合を観戦するだけでは味わえない面白さがあったのだ。
「来年も開催されるなら、また賭けてみたいわね」
「私はもう二度とやらない……」
アリスが力なく呟いた。
その頃、エレナは別の意味で満足していた。
「今回はちょっとしたボーナスね」
「ボーナス?」
アレンが尋ねると、エレナは笑顔で答えた。
「治療した人数に応じて手当が出るのよ。今回はたくさんの人を治療したから、いつもより多くもらえそうだわ」
「それはよかったな」
アレンは何も知らずに頷いた。
大会では、押し出しで勝敗が決まる試合が多かった。
そのため、怪我人はほとんど出なかったはずだった。
しかし、アレンには想定外の事態が起きていた。
大会の参加者の中には、長年の持病や、ポーションでは治せない怪我を抱えている者がいた。
中には、冒険者ではなく農民として暮らしている者もいた。
彼らは聖女エレナの治療を受けるため、大会に参加していたのだ。
大会で優勝することが目的ではない。
長年苦しんできた持病を治してもらうことこそが、彼らにとっての本当の目的だった。
大会の医療班に聖女がいると知り、わずかな望みに賭けて参加したのである。
そして、彼らの期待は裏切られなかった。
エレナは参加者たちの持病や古傷を次々と治療していった。
大会中に負った怪我はほとんどなかったが、以前から抱えていた症状まで治してもらえた者は大勢いた。
長年苦しんできた病気が治り、再び元気に働けるようになった農民もいた。
彼らにとって、この大会は人生を変えるほどの出来事になったのだ。
そして大会終了後。
アレンのもとに、教会から医療費の請求書が届いた。
「…………」
請求書を見たアレンの顔が引きつった。
「なんだ、この金額は!」
怪我人はほとんどいなかったはずだ。
それなのに、請求額はとんでもないことになっていた。
「エレナ、いったい何をしたんだ!」
「何って、参加者たちを治療しただけよ?」
「大会で負傷した冒険者か?」
「それもいるけど、以前から怪我や持病を抱えていた人たちも治療したわ。みんな喜んでくれたわよ」
「大会の医療班だぞ! いつの間にそこまで治療していたんだ!」
「でも、せっかく治療できるのに、放っておくわけにはいかないでしょう?」
「それはそうだけど!」
アレンは反論できなかった。
エレナは何も悪いことをしていない。
治療を受けた参加者たちも喜んでいる。
教会も正当な医療費を請求しているだけだ。
つまり、誰も悪くない。
ただ、主催者のアレンだけが大損していた。
「なんで俺がこんな目に……」
アレンは頭を抱えた。
その横では、アリスが全財産を失った悲しみに暮れ、リリアは決勝戦の相手なら勝てたと悔しがっている。
セレスティアは賭け事の面白さに目覚め、エレナは臨時収入を楽しみにしていた。
それぞれが大会を満喫していた。
そして、長年の持病や怪我を治してもらった農民や冒険者たちは、再び元気に生活できることを喜んでいた。
もしかすると、この大会で一番いい思いをしたのは、優勝した剣士でも、賭けに勝った者でもない。
長年の持病を治してもらった農民たちだったのかもしれない。
もっとも、医療費の請求書を見ているアレンだけは、そんなことを考える余裕すらなかった。




