武闘家の健闘
残りの試合が少なくなってきた。
勝ち残っている参加者は、あと五勝すれば優勝だ。
大会もいよいよ終盤に差しかかり、観客たちの熱気も最高潮に達していた。
しかし、ここにきて一つの問題が浮かび上がっていた。
後衛を得意とする冒険者が、一人も残っていないのだ。
魔法使いも、弓使いも、支援魔法を得意とする冒険者もいない。
残っているのは、剣士や槍使いなど、近接戦闘を得意とする冒険者ばかりだった。
こうなると、もはや剣術大会と言っても差し支えない。
もっとも、そんな中でも異彩を放つ参加者が一人いた。
武闘家である。
武闘家は、ここまで驚くべき戦い方で勝ち上がってきた。
相手を倒すことには、ほとんどこだわらない。
防具を身につけた冒険者に正面から殴りかかっても、簡単には倒せない。ならば、倒す必要などないというのが武闘家の考えだった。
この大会の勝利条件は、相手を場外に落とすことでもある。
つまり、相手を倒さなくてもいいのだ。
武闘家はそのルールを最大限に利用していた。
相手の攻撃を素早くかわし、側面や背後に回り込む。そして、相手が体勢を崩した瞬間を狙って押し出す。
相手が防御に徹すれば、何度でも攻める。
反撃しようとすれば、すぐに距離を取る。
防具の重さで動きが鈍った相手にとって、武闘家のスピードは厄介極まりなかった。
観客席からも歓声が上がる。
「また場外か!」
「まともに攻撃を当てなくても勝てるのか!」
「いや、あれだけ速ければ捕まえるのも難しいぞ!」
武闘家は、ほぼすべての試合を押し出しで勝利していた。
冒険者たちは、まさか武闘家がここまで勝ち上がるとは思っていなかっただろう。
しかし、ルールに従って勝っている以上、文句のつけようがない。
そして、ついにベスト16の試合が始まった。
今回の対戦相手は、武闘家の戦い方を研究していた。
試合が始まる前、相手は装備していた防具を外し始めた。
「おいおい、防具を外して大丈夫なのか?」
「武闘家のスピードに対抗するつもりだろう。防具が重ければ、どうしても動きが遅くなるからな」
「なるほど。防御力を捨てて、機動力を優先したわけか」
観客たちも、相手の狙いに気づいたようだった。
武闘家は相手の姿を見て、わずかに目を細めた。
防具がなければ、確かに動きやすくなる。
だが、それは相手も同じだ。
試合開始の合図が鳴った。
武闘家はいつものように素早く距離を詰める。
相手も負けじと動き、武闘家の進路を塞ごうとした。
しかし、武闘家のほうが一枚上手だった。
相手の動きを見切り、懐に飛び込む。
そして、拳を叩き込んだ。
「ぐっ!」
相手の顔が苦悶に歪む。
防具越しではない、直接の打撃。
これまで防具に守られて戦ってきた冒険者にとって、慣れない衝撃だった。
武闘家は間髪入れず、もう一撃を放つ。
相手はたまらず後退した。
防具を外してスピードで対抗する。
その作戦自体は間違っていなかった。
だが、相手は一つのことを見落としていた。
武闘家は、最初から近接戦闘を得意としているのだ。
防具を外して身軽になったところで、武闘家と同じ条件になるわけではない。
むしろ、防御力を捨てたことで、武闘家の攻撃をまともに受けることになってしまった。
相手は何とか反撃を試みたものの、武闘家の動きについていけない。
最後は舞台の端に追い込まれ、そのまま場外へと押し出された。
武闘家の勝利だった。
観客席から大きな歓声が上がる。
「すげえ! ベスト8だぞ!」
「こいつ、本当に優勝するんじゃないか?」
「いや、さすがにここからは厳しいだろう。残っているのは上位ランクの冒険者ばかりだ」
実際、ここから先は冒険者ランクの差が目立ち始めた。
ベスト8、そしてベスト4。
武闘家以外の試合では、順当にランクの高い冒険者が勝ち上がっていった。
やはり、冒険者ランクが高い者は、それだけの経験と実力を持っている。
戦闘技術だけでなく、相手の戦い方を見抜く判断力も優れていた。
小手先の戦術だけでは、簡単には勝てない。
そして、ついに決勝戦を迎えた。
決勝の舞台に立ったのは、武闘家とBランク冒険者の剣士だった。
武闘家がここまで勝ち上がったことは、大会の大きな話題になっていた。
近接戦闘を得意とする冒険者たちを次々と場外へ落とし、とうとう優勝まであと一勝というところまでたどり着いたのだ。
対する剣士は、安定した戦いぶりで勝ち上がってきた実力者だった。
決勝戦の舞台に立つと、剣士は舞台の中央へと歩いていった。
そして、そこで足を止める。
武闘家を迎え撃つ構えだ。
武闘家は相手の様子をうかがった。
剣士は動かない。
中央から動こうとせず、武闘家が仕掛けてくるのを待っている。
武闘家はすぐに理解した。
場外に押し出すのは難しい。
無理に接近すれば、剣士の間合いに入ることになる。かといって、相手を動かそうと大きく回り込めば、その動きに合わせて剣士も位置を変えるだろう。
これまでの相手とは違う。
剣士は、武闘家の得意な戦術を理解したうえで、対策を立てていた。
試合開始の合図が鳴る。
武闘家は素早く接近した。
拳を繰り出す。
剣士はそれを迎え撃とうとするが、武闘家は攻撃を当てるとすぐに距離を取った。
深追いはしない。
一撃を入れては離れ、隙があれば再び攻める。
ヒット・アンド・アウェイだ。
剣士は焦らなかった。
武闘家の動きに合わせて剣を構え、反撃の機会をうかがっている。
武闘家が踏み込む。
剣士の剣が動く。
武闘家はすぐさま身を引き、反撃をかわした。
今度は剣士が前に出る。
武闘家は横に回り込んで距離を取った。
互いに決定打を与えられない。
それでも、二人の攻防は続いた。
観客たちは固唾をのんで見守っていた。
「武闘家が押し出しを狙わないなんてな」
「相手が中央から動かないんだ。無理に押し出そうとすれば、カウンターを食らうぞ」
「だが、あの剣士も攻めあぐねているように見えるぞ」
確かに、剣士も簡単には勝負を決められなかった。
武闘家のスピードは本物だ。
攻撃を仕掛けたと思えば、すでに距離を取っている。
無理に追いかければ、逆に隙を突かれる。
だからこそ、剣士は待っていた。
武闘家が攻撃してくる瞬間。
その一瞬に、すべてを懸けていたのだ。
そして、ついにその時が訪れた。
武闘家が踏み込み、拳を繰り出す。
剣士はその動きに合わせて反撃した。
武闘家は身をひねってかわそうとしたが、完全には避けきれなかった。
体勢が崩れる。
剣士は、その隙を逃さなかった。
追撃を仕掛ける。
武闘家は必死に距離を取ろうとしたが、剣士の攻撃がそれを許さない。
そして、最後の一撃。
武闘家は舞台の端まで追い込まれ、ついに敗北した。
勝者、Bランク冒険者の剣士。
会場に大きな歓声が響き渡った。
武闘家は優勝こそ逃したものの、見事な戦いぶりで準優勝を勝ち取ったのだった。
その頃、アレンは大会の運営席で頭を抱えていた。
「……来年は、いろいろ変えないとな」
大会を開催した当初、これほど参加者が増えるとは思っていなかった。
参加者が増えたのは喜ばしいことだ。
しかし、試合数が増えすぎた結果、終盤まで試合を消化するのにかなりの時間がかかってしまった。
しかも、勝ち残る参加者の顔ぶれは近接戦闘型ばかり。
せっかくさまざまな戦闘スタイルの冒険者が参加していたのに、決勝戦まで残ったのは武闘家と剣士だった。
もちろん、二人の戦いに問題があったわけではない。
むしろ、決勝戦にふさわしい見応えのある試合だった。
問題は大会の仕組みそのものにある。
「まずは各国で予選をやってもらうか。本戦に参加する人数を絞れば、試合数も減らせる」
アレンはそう決めた。
参加希望者全員を本戦に出すのではなく、各国で予選を開催し、そこで勝ち抜いた冒険者だけが本戦に参加できるようにする。
そうすれば、参加者の数を調整できる。
各国で予選を開催するなら、それ自体がイベントになるだろう。
国ごとに代表を選ぶ形にすれば、国民たちも自国の冒険者を応援するはずだ。
大会そのものも、今年以上に盛り上がるかもしれない。
アレンはさらに考えた。
「ルールも大幅に改正する必要があるな」
今年の大会では、場外に落とせば勝ちというルールが、武闘家にとって非常に有利に働いた。
ルールの範囲内で工夫するのは悪いことではない。
だが、来年も同じルールのままでは、今年以上に場外への押し出しを狙う参加者が増える可能性がある。
それはそれで戦術の一つだが、アレンとしては、もっとさまざまな戦い方を見てみたかった。
「せっかくの大会なんだ。もっと面白くしないとな」
こうしてアレンは、来年の大会に向けて予選制度の導入とルールの大幅改正を決めたのだった。




