大波乱
一試合、わずか五分。
しかも、十試合が同時に行われている。
このペースなら、三百試合がまさかの一日で終わる計算だ。
大会運営にとっては、これ以上ないほど順調な進行だった。
観客席では次々と試合が終わり、新しい試合が始まっていく。選手たちも休む暇がないほどの勢いで勝ち上がり、会場は大いに盛り上がっていた。
ただし、試合内容には大きな問題があった。
どのブロックも、似たような展開になっていたのだ。
実力者が相手の挑発に乗せられて冷静さを失ったり、複数の相手から集中攻撃を受けたり、勝利を確信した瞬間に足元をすくわれたり。
純粋な戦闘能力では圧倒的に勝っているはずの冒険者が、実力を発揮する間もなく敗退していく。
反対に、相手の実力を見極め、無駄な戦いを避け、最後に勝てる状況を作り出した冒険者たちが勝ち上がっていた。
強い冒険者が勝つとは限らない。
勝ち上がったのは、強い冒険者ではなく賢い冒険者だった。
「……これって、冒険者の知力を競う競技だっけ?」
アレンは首を傾げた。
冒険者大会なのだから、もっと派手な戦闘が繰り広げられると思っていた。
強力な魔法が飛び交い、剣と剣がぶつかり合い、実力者同士が激戦を繰り広げる。そんな光景を期待していたのだ。
ところが、現実は違った。
勝てない相手には近づかず、強敵同士が戦って消耗するのを待ち、最後に残った相手を倒す。
それどころか、相手の性格まで利用して勝利をつかむ者までいる。
確かに、冒険者としては正しい判断なのかもしれない。
ダンジョンで生き残るためには、力だけでなく知恵も必要だ。
しかし、観客が見たいのは本当にこれなのだろうか。
アレンは複雑な気持ちになった。
一方、アリスは別の意味で大会を楽しめなくなっていた。
「うぅ……私のお金……」
彼女は全財産を失い、すっかり落ち込んでいた。
優勝候補を中心に賭けていたのだが、その優勝候補たちが次々と敗退してしまったのだ。
しかも、負け方が悪い。
実力で圧倒されて負けたのなら、まだ納得できたかもしれない。
ところが、実力では勝っていたはずの冒険者が、相手の策略にはまって敗退していく。
そんな試合が続けば、予想など当たるはずもなかった。
「どうしてこうなるのよ……。普通、強い人が勝つでしょう?」
アリスは恨めしそうに試合会場を見つめた。
もちろん、強い冒険者が勝つこともある。
しかし、今回の大会では、それ以上に相手を出し抜く能力が重要になっていた。
そして、その状況を誰よりも理解していた人物がいる。
セレスティアだ。
彼女は全てのブロックで穴狙いを行っていた。
大多数の参加者が実力者の勝利を予想する中、セレスティアは実力者が敗退する可能性に目を向けていたのである。
その結果は、驚くべきものだった。
二百七十五勝二十五敗。
勝率にして九割以上。
そして、利益は二億五千万。
「……すごいな」
アレンも思わず感心した。
全てのブロックで穴狙いをして、これだけの結果を出すとは。
もちろん、セレスティアが全ての試合を正確に予測できたわけではないだろう。それでも、周囲が見落としていた可能性を見抜き、利益につなげたのは見事だった。
「ふふっ。みんな、実力者が勝つと思い込んでいたのよね」
セレスティアは満足そうに微笑んだ。
彼女にとっては、予想外の結果が続くほど都合がよかったのだ。
誰もが本命に注目しているのなら、別の選手に賭ける価値がある。
そして、実際に本命が次々と敗退した。
その結果、セレスティアは大金を手に入れた。
金持ちをさらに金持ちにし、貧乏人からお金を吸い上げる。
まるで、そんな構図が出来上がってしまったかのようだった。
「アリス、元気出せよ」
「元気なんて出るわけないでしょう! 全財産がなくなったのよ!」
「……ご愁傷様」
「他人事みたいに言わないで!」
アレンは慰めようとしたつもりだったが、アリスにはまったく響かなかった。
むしろ、セレスティアの稼いだ金額を聞けば、さらに落ち込みそうだった。
同じ大会を見ていたはずなのに、二人の明暗はあまりにもはっきりと分かれていた。
やがて、予選二回戦以降は試合形式が変更された。
五人で戦い、勝ち抜けるのは一人。
この形式になってからは、場外負けも減り、ようやくまともな大会らしい戦いが戻ってきた。
複数の相手を同時に警戒する必要はあるものの、無理に相手を場外へ押し出すことばかり考える必要はなくなった。
選手たちも、ようやく自分の実力を発揮できるようになっていった。
しかし、一回戦で起きた大波乱の影響は大きかった。
優勝候補が軒並み姿を消してしまったのである。
大会が始まる前には、誰もが優勝候補の名前を挙げていた。
実績のある冒険者、強力な魔物を討伐してきたパーティーの中心人物、数々の依頼を成功させてきた実力者。
ところが、彼らの多くは、優勝争いに加わる前に姿を消してしまった。
残った選手の中には、事前の予想では名前すら挙がっていなかった者もいる。
もはや、誰が優勝してもおかしくない状況だった。
そして、大会は順調に進んでいく。
一万五千人いた参加者は、千五百人にまで減った。
千五百人から三百人。
三百人から六十人。
そして、三十人。
大勢の冒険者が参加した大会も、ここまで来れば残る選手はわずかだ。
ようやく、ここで一対一の戦いになった。
小細工や駆け引きだけでは勝ち残れない。
相手と正面から向き合い、自分の持てる力を発揮しなければならない舞台が整ったのだ。
しかし、最初から優勝候補と目されていた冒険者たちは、すでにほとんど残っていない。
果たして、最後に勝つのは誰なのか。
大会が始まる前には予想もできなかった顔ぶれが、優勝を争うことになっていた。




