大盤狂わせ
大会第一ブロックの試合が始まろうとしていた。
会場には大勢の観客が詰めかけ、参加者たちの登場を今か今かと待ち構えている。
今回の大会には、腕に覚えのある冒険者たちが数多く参加していた。その中でも、圧倒的な優勝候補として注目されているのがリリアである。
リリアの実力を知る者なら、彼女が優勝する可能性は極めて高いと考えるだろう。
実際、賭けの倍率は驚異の1.1倍だった。
ほとんどの観客がリリアに賭けている。
もちろん、アリスもその一人だった。
「リリア様なら間違いないわ。こんなの、勝ったも同然じゃない!」
アリスは自信満々だった。
倍率が低いのは、それだけリリアの勝利が確実視されている証拠だ。大金を賭けても大した儲けにはならないが、負ける心配もほとんどない。
そう考えていた。
少なくとも、試合が始まるまでは。
「それでは、第一ブロックの試合を開始します!」
審判の声が会場に響き渡る。
参加者たちは身構え、互いの様子をうかがっていた。
そして、試合開始の合図が鳴った瞬間――。
参加者たちの視線が、一斉にリリアへと向けられた。
「えっ?」
リリアが違和感に気づいたときには、もう遅かった。
前から、横から、後ろから。
参加者たちが一斉にリリアへ押し寄せたのだ。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! あなたたち、何を――」
言い終わる前に、リリアの体が大きく揺れた。
一人や二人なら問題ではない。リリアの実力なら、正面から挑んでくる相手を退けることなど容易だっただろう。
しかし、相手は一人ではなかった。
優勝候補と正面から戦って勝つ必要はない。
自分が勝つために、リリアを場外へ落とせばいい。
参加者たちは、その一点で利害が一致していた。
「押せ! 押せええええ!」
「リリアを場外に出せ!」
「ここで倒せば優勝の可能性が上がるぞ!」
「俺たちの優勝を邪魔させるな!」
もはや、誰が誰を攻撃しているのかも分からない。
ただひたすら、全員がリリアを押していた。
「嘘でしょおおおおおおおっ!?」
リリアが踏ん張ろうとしたときには、すでに足元が場外へと押し出されていた。
そして――。
ドサッ!
リリアの体が場外に落ちた。
試合開始から、わずか一分。
優勝候補、敗退。
「…………」
会場が静まり返った。
誰もが、今起きた出来事を理解できなかった。
圧倒的な優勝候補が、試合開始から一分で負けた。
しかも、まともに戦うことすらなく、集団で押し出されて。
最初に我に返ったのは、観客席の一人だった。
「ええええええええええっ!?」
その叫びをきっかけに、会場中から悲鳴が上がった。
「嘘だろおおおおおおおっ!」
「リリア様が負けた!?」
「俺の賭け金があああああ!」
「倍率1.1倍だぞ!? なんで負けるんだよ!」
観客たちの悲鳴は、会場を揺るがすほどだった。
何しろ、賭けの倍率は1.1倍。
大多数の観客がリリアに賭けていたのだ。
彼女が優勝すると信じて疑わなかった者も多い。
それなのに、まさかの一分で敗退。
賭けに参加した者たちにとっては、悪夢以外の何物でもなかった。
もちろん、アリスも例外ではない。
「…………」
アリスは、ゆっくりと項垂れた。
「……嘘でしょ」
先ほどまでの自信は、どこにも残っていない。
「リリア様なら勝てると思ったのに……」
アリスは自分の賭け券を見つめた。
そこには、リリアの名前がしっかりと記されている。
逃げ道はなかった。
「私のお金……」
アリスの肩が震えた。
一方、場外に落とされたリリアは、まだ状況を理解できていなかった。
「……え?」
地面に座り込んだまま、試合場を見つめている。
「私、負けたの?」
誰に負けたのかも、よく分からない。
強敵との激闘に敗れたのなら、まだ納得できたかもしれない。
しかし、実際に起きたのは集団による押し出しだった。
「……何なのよ、これ」
リリアは呆然としていた。
そんな彼女を見て、セレスティアは不敵な笑みを浮かべた。
「ふふっ……」
どうやら、セレスティアにはこの展開が面白くて仕方がないらしい。
優勝候補が狙われることくらい、最初から分かっていた。
そして、実力が高いからといって、必ずしも集団戦で有利になるとは限らない。
むしろ、誰もが勝てないと判断した相手だからこそ、全員から狙われる。
その結果が、これだった。
だが、セレスティアの隣にいたアレンは、別の意味で限界を迎えていた。
「ははははははははっ!」
腹を抱えて大爆笑していたのだ。
「相撲かよ!」
アレンは試合場を指さしながら笑い続ける。
「いや、待て! これ、武闘大会だよな!? 何でみんなして押し出してるんだよ!」
実際、リリアだけではなかった。
第一ブロックでは、参加者たちが互いに攻撃するよりも、相手を場外へ押し出すことを優先していた。
優勝候補を倒すために集まった者たちが、別の参加者に押し返され、そのまま場外へ転がり落ちる。
誰かが一人を押し出そうとすれば、別の誰かがその隙を突いて押し出す。
結果として、まともな戦闘がほとんど発生していなかった。
「見ろよ! ほとんどの参加者が場外への押し出しで負けてるぞ!」
アレンは笑いすぎて、まともに話すことすら難しくなっていた。
「はははっ! 何だよこれ! 強い奴を倒す大会じゃなくて、最後まで土俵に残ってた奴が勝つ大会になってるじゃねえか!」
「土俵ではないわよ」
セレスティアが冷静に突っ込んだ。
「分かってるよ! 分かってるけど、そうとしか見えないだろ!」
アレンは再び笑い出した。
会場のあちこちから悲鳴が上がっている。
リリアに賭けた観客たちは絶望し、アリスは項垂れ、当のリリアは呆然としている。
そんな中、アレンだけは腹を抱えて笑い続けていた。
「くくくっ……! ダメだ、思い出すだけで笑える! リリアが開始一分で退場って!」
「アレン、笑いすぎよ」
「だって、あれを見て笑うなって方が無理だろ!」
アレンは涙を拭いながら、まだ場外を見ていた。
大会は始まったばかり。
第一ブロックから、これほどの波乱が起きるとは誰も予想していなかった。
もっとも、会場の大多数にとっては笑い事ではなかったが。
会場の悲鳴とは裏腹に、アレンの笑い声だけがいつまでも響いていた。




