大会のオッズ
大会は、予想外の参加人数によって大幅なルール変更を余儀なくされていた。
当初、アレンが想定していた参加者は三千人だった。しかし、実際に集まったのは一万五千人。予定していたルールのままでは、大会を終えるまでにどれだけの時間がかかるか分からない。
そこで、予選では参加者を大幅に減らすことになった。
一つのブロックにつき五十人が参加し、その中から勝ち上がれるのはわずか五人。
試合形式はサバイバルルール。五十人が同時に戦い、その中から五人だけが二回戦に進める仕組みだ。
一万五千人の参加者は三百のブロックに分けられ、二回戦に進めるのは千五百人となった。
十人に一人しか通過できない厳しい予選である。
そんな大会で、予選通過の有力候補として注目を集めていたのがリリアだった。
リリアといえば、実力は折り紙付きだ。冒険者としても名の知れた存在であり、五十人の中から五人が勝ち上がる予選で敗退するとは考えにくい。
しかも、リリアに渡されたゼッケンは一番だった。
第一ブロックでの参加となったのである。
大会の周辺では、予選通過者を予想する賭けも始まっていた。
そして、リリアの人気は圧倒的だった。
リリアの予選通過オッズは一・一倍。
他の参加者を大きく引き離しており、リリア以外に目立った参加者もいない。
五十人中五人が通過できるとはいえ、実力差を考えればリリアが予選を突破する可能性は極めて高いと見られていた。
そのため、リリアに賭ける人間は多いものの、他の参加者に賭ける人間はほとんどいなかった。
あまりにも人気が偏っているため、そもそも賭けが成立するのか怪しい状態だった。
そんな中、アリスが宣言した。
「私は全財産をリリアに賭けるわ!」
「……お前、また金を使うのか」
「またって何よ! 今回はちゃんと考えてるわよ!」
「全財産を賭けるのが、ちゃんと考えた結果なのか?」
アレンは呆れたように言った。
アリスは胸を張った。
「だって、リリアが予選を通過する可能性は高いじゃない!」
「まあ、それはそうだが」
「だったら、賭けない理由がないでしょ!」
「倍率一・一倍に賭けて何が面白いんだ?」
アレンには理解できなかった。
一・一倍ということは、千万円を賭けて勝っても、利益は百万円にしかならない。
それだけの金を賭けるのなら、もう少し倍率の高い参加者を狙ったほうが面白いのではないか。
しかし、アリスの考えは違った。
「千万円あれば百万円勝てるのよ!」
「勝てればな」
「負けるわけないじゃない!」
アリスは自信満々だった。
「リリアよ? あのリリアが、五十人中五人しか通過できない予選で負けると思う?」
「予選を通過できなかったら、全財産を失うんだぞ?」
「だから、通過するから問題ないの!」
アレンはため息をついた。
確かに、リリアほどの実力者が予選で敗退するとは考えにくい。
しかし、五十人が同時に戦うサバイバルルールだ。どれほど強くても、複数人に囲まれれば苦戦する可能性はある。
それでも、アリスはまったく心配していなかった。
「リリアが負けるわけないわ!」
「はいはい」
「信じてないでしょ!」
「信じる信じないじゃなくて、賭けに絶対はないって話だよ」
アレンがそう言っても、アリスは聞く耳を持たなかった。
そして、アレンにはもう一つ気になる問題があった。
「……それにしても、他の参加者に賭ける人が少なすぎるな」
「みんなリリアが予選を通過すると思ってるんでしょ」
「そうなんだろうけどさ。このままだと賭けが成立しないんじゃないか?」
「別に、リリアに賭ければいいじゃない」
「全員がリリアに賭けたら、賭けにならないだろ!」
アレンは頭を抱えた。
大会を盛り上げるために賭けを用意したのに、リリア一人に人気が集中してしまっている。
このままでは、他の参加者に賭ける人間がほとんどいない。
「俺が他の参加者に賭けるしかないのか……」
アレンが悩んでいると、会話を聞いていたセレスティアが口を開いた。
「私が賭けてあげるわよ」
「いいのか、セレスティア?」
「ええ。ちょっとオッズを計算してみたのだけれど、面白いことが分かったの」
セレスティアは落ち着いた様子で説明を始めた。
「リリア以外の参加者全員に百万円ずつ賭けるの。そうすれば、リリアが予選を通過したら百万円の負け。逆にリリアが予選で敗退したら、千万円の勝ちになるのよ」
「……なるほど」
アレンは少し考え込んだ。
リリア以外の参加者に賭けておけば、リリアが予選を通過した場合には損をする。
しかし、リリアが予選を通過できなければ、大きな利益が得られる仕組みだ。
「リリアが予選を通過できない確率が十パーセントなら、そうだろうな」
「でしょう?」
セレスティアは涼しい顔で答えた。
「いいのか? リリアが予選を通過したら損するんだぞ?」
「別に、小銭を稼ぎたいわけじゃないからいいわ」
「……そうか」
アレンは納得した。
セレスティアにとって、百万円程度の損失は大した問題ではないらしい。
そもそも、彼女は少しでも金を増やしたいから賭けをするわけではないのだろう。
賭けが成立しないという問題を解決するために、協力してくれるということらしい。
「じゃあ、セレスティアはリリア以外の全員に賭けるんだな」
「ええ。誰が予選を通過できなくても、リリアが通過すれば損失は百万円で済むわ」
「リリアが予選で敗退したら、千万円の勝ちか……」
「そういうことよ」
セレスティアはまったく気にしていなかった。
ところが、その会話を聞いていたアリスは、どこか悲しそうな顔をしていた。
「私の全財産が……小銭……」
「いや、お前の全財産が少ないだけだろ」
「ひどい!」
アリスは抗議した。
「私は一生懸命お金を貯めてきたのよ!」
「それを全部リリアに賭けようとしてるんだろ」
「リリアなら予選を通過するもの!」
「まだ始まってもいないんだぞ……」
アレンはため息をついた。
アリスにとっては全財産を賭けるほどの大勝負なのに、セレスティアにとっては小銭を稼ぐつもりもない程度の金額らしい。
同じ賭けの話をしているはずなのに、二人の金銭感覚には大きな隔たりがあった。
「……アリス、もう少し貯金を増やしたほうがいいんじゃないか?」
「うるさいわね! これから増やすのよ!」
「そのために全財産を賭けるのか?」
「リリアが予選を通過するから問題ないの!」
「……もう好きにしてくれ」
アレンは匙を投げた。
こうして、大会の予選が始まる前から、リリアを巡る賭けは妙な盛り上がりを見せていた。
当のリリアは、そんな賭けが行われていることなど知る由もない。
彼女はゼッケン一番を身につけ、第一ブロックの試合に向けて準備を進めていたのだった。




