ラッキースケベ
この日は何かがおかしかった。
自分の行動が間違っているとは思わない。
しかし、結果だけを見れば大惨事だった。
始まりは、朝のダンジョンだった。
アレンは通路を歩きながら、クラリスと話をしていた。
「それで、昨日の話なんですが――」
「はい。それについては、私も――きゃっ!」
クラリスが足を滑らせた。
このままでは転んでしまう。
アレンは反射的に手を伸ばした。
クラリスは転ばずに済んだ。
問題は、アレンの手がクラリスの胸を鷲掴みにしていたことだった。
「………………」
「………………」
しばらく、二人の間に沈黙が流れた。
「怪我はないか?」
「大丈夫です」
「そうか。よかった」
「……アレンくん」
「なんだ?」
「手を離してもらえますか?」
「まだ心配だから、このまま」
「………………」
クラリスの顔がみるみる赤くなっていく。
「アレンくんのエッチ!」
バチン!
「痛っ!」
アレンは頬を押さえた。
いや、待て。
俺は転びそうになったクラリスを助けただけだ。
途中までは完全に善意だった。
最後の一言が余計だった気もするが、心配していたのは本当だ。
……まあ、次からはすぐに手を離そう。
アレンはそう反省し、再び歩き始めた。
しばらくして、今度はリリアを見つけた。
リリアは通路の真ん中に立っていた。
その足元には、バナナの皮が落ちている。
「………………」
嫌な予感がした。
リリアが一歩踏み出す。
ツルッ。
「きゃっ!」
やっぱり!
アレンは慌てて後ろからリリアを抱き止めた。
「危なかったな」
「ありがとう、アレン」
リリアは笑顔で礼を言った。
「怪我はないか?」
「うん。大丈夫よ」
「そうか」
アレンは安心した。
……ところで。
また胸を鷲掴みにしている。
クラリスのときと違い、リリアは怒っていない。
「………………」
「どうしたの、アレン?」
「いや、何でもない」
アレンはそっと手を離した。
リリアは特に気にした様子もなく、バナナの皮を拾い上げた。
「これ、誰が落としたのかしら?」
「さあな……」
アレンは周囲を見回した。
ダンジョン内でバナナの皮を放置するな。
そんなことを考えながら、その場を後にした。
その後、アレンはセレスティアの家を訪れた。
「セレスティア、いるか?」
返事がない。
出かけているのだろうか。
アレンは家の中へ入り、セレスティアの姿を探した。
そして、部屋の扉を開けた。
「誰?」
そこには、着替え中のセレスティアがいた。
「………………」
「………………」
目が合った。
時間が止まったようだった。
アレンは静かに扉を閉めた。
数秒後。
再び扉が開いた。
「見たかったの?」
「間違えました。すみません」
「質問に答えなさい」
「本当に間違えただけだ」
「………………」
「………………」
セレスティアは無言でアレンを見つめていた。
アレンは視線を逸らした。
今日はいったい何なんだ。
俺はただ、セレスティアに用事があって訪ねただけだぞ。
結局、用件を済ませたアレンは、セレスティアの家を後にした。
そして町を歩いていると、向かいからフローラがやってきた。
「あら、アレン様。ごきげんよう」
「よう、フローラ」
二人が挨拶を交わした、その瞬間だった。
ビュオオオオッ!
突然、強い風が吹いた。
フローラのスカートが捲れ上がる。
「………………」
「………………」
アレンは固まった。
フローラも固まった。
風が止んだ。
フローラは静かにスカートを押さえた。
そして、ゆっくりとアレンを見た。
「………………アレン様?」
「俺は悪くない」
「まだ何も言っていませんけれど?」
「風だ。風が吹いたんだ」
「ええ、そうですね」
「俺が吹かせたわけじゃない」
「分かっていますわ」
「なら、その目は何だ?」
「どんな目でしょう?」
「………………」
「………………」
アレンは空を見上げた。
今日は風が強い。
それだけだ。
何もおかしなことはしていない。
クラリスを助けた。
リリアを助けた。
セレスティアの家を訪ねた。
フローラと挨拶をした。
どれも普通の行動だ。
それなのに、なぜこうなる?
アレンはしばらく考えた。
そして、一つの結論にたどり着いた。
「……俺、悪くないよな?」
もちろん、答えてくれる人はいなかった。




