王国と帝国の技術力の差
アレンは、セレスティア、フローラ、クラリスのお茶会で給仕をしていた。
今日も三人は、紅茶を飲みながら他愛のない話に花を咲かせている。
そんなところへ、ステラが訪問してきた。
「皆様、お久しぶりです」
「あら、ステラ。よく来たわね」
セレスティアが笑顔で迎える。
「お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「もちろんよ。ちょうどお茶をしていたところなの」
ステラは勧められた席に座った。
アレンが紅茶を用意すると、ステラは礼を言ってカップを手に取る。
こうして四人のお茶会が始まった。
「ところで、ステラ。もう王国には慣れたかしら?」
セレスティアが尋ねた。
「はい。おかげさまで、毎日驚くことばかりですわ」
「驚くこと?」
「ええ。私は今まで、帝国こそが世界で最も優れた国だと疑っていませんでした。それが今では、少し恥ずかしく思えます」
ステラは苦笑した。
帝国で暮らしていた頃は、帝国の技術や文化が世界の頂点にあると信じていた。
もちろん、他国にも優れたものはあるだろう。
しかし、帝国が大きく劣っているなどとは考えたこともなかったのだ。
ところが、王国に来てからは認識が変わった。
見たこともないものが次々と目の前に現れる。
そのたびに、自分が知らない世界がまだまだあるのだと思い知らされた。
「それはよかったわね」
セレスティアは、穏やかな笑みを浮かべた。
「あなたは、もっと見聞を広める必要があったのよ」
「おっしゃるとおりですわ。もし帝国の王宮にいたら、今でも同じ考えのままだったと思います」
「王宮にいるだけでは、分からないこともあるものね」
フローラも頷いた。
「私も留学してこなかったら、今のようには考えられなかったでしょうね」
クラリスがしみじみと口にする。
「そうなのですか?」
「ええ。自分の国だけにいたら、それが当たり前になってしまうでしょう? 外に出て初めて、自分の国にはないものや、違う考え方があると気づくのよ」
「なるほど……」
ステラは納得したように頷いた。
実際、彼女が王国で目にしたものは、帝国では考えられないものばかりだった。
特に、王国のダンジョンが生み出す品々や、そこから広がる生活の変化には驚かされている。
ステラは、それらを王国の技術力の成果だと考えていた。
もちろん、実際にはアレンのダンジョンが関係しているのだが、セレスティアたちはわざわざ訂正しなかった。
「今では、もう帰りたくありません」
クラリスが、紅茶を飲みながらさらりと言った。
「おいおい」
給仕をしていたアレンが、思わず突っ込んだ。
帰りたくないとは、ずいぶんと堂々とした発言である。
「何よ。事実でしょう?」
「自分の国だろうが」
「それとこれとは別の話よ。こちらに来てから、いろいろと便利になったんだから」
クラリスは少しも悪びれなかった。
「それに、帰ったらまた不便な生活に戻るのよ? せっかく便利な暮らしを知ったのに、わざわざ戻りたいと思う?」
「いや、国の仕事とかあるだろ」
「それはそうだけど」
クラリスは一瞬だけ考え、それから笑った。
「だから、帰りたくないと言っているのよ」
「開き直るな」
アレンは呆れたように返した。
そのやり取りを見ていたステラは、目を瞬かせた。
クラリスは他国の王女だ。
それほどまでに王国での暮らしを気に入っているということは、やはり王国には帝国にはない魅力があるのだろう。
ステラの中で、王国への評価がまた少し上がった。
そのとき、ステラは部屋の隅に置かれたものに気づいた。
「ところで、なんで箒が置いてあるんです?」
お茶会をする部屋に箒。
掃除でもするつもりなのだろうか。
しかし、部屋はすでにきれいに片づいている。
「これがあれば空を飛べるのよ」
クラリスが答えた。
「……空?」
アレンは箒を見た。
ステラも箒を見た。
そして、ゆっくりとクラリスに視線を戻した。
「空を飛べる、というのは……?」
「言葉どおりよ。箒に乗れば空を飛べるの」
「そんなことが可能なのですか!?」
ステラは思わず身を乗り出した。
空を飛ぶ。
それは、多くの人間にとって夢のような話だ。
魔法を使って短時間浮かぶことならできる者もいるだろう。
しかし、箒に乗って自由に空を移動できるとなれば話は別である。
そんなものがあれば、移動手段としても大きな価値があるはずだ。
「クラリス、本当に飛べるのですか?」
「もちろんよ」
クラリスは自信満々に答えた。
「セレスティア、ステラに見せてあげてもいいかしら?」
「ええ。せっかくだから、お手本を見せてあげて」
「任せてください。私が一番うまいですよ」
クラリスは席を立つと、部屋の隅に置いてあった箒を手に取った。
そして、慣れた様子で箒にまたがる。
「それっ!」
次の瞬間、クラリスの身体がふわりと浮かび上がった。
「浮かんだ!?」
ステラは目を見開いた。
クラリスの足が床から離れている。
見間違いではない。
箒にまたがったクラリスが、本当に宙に浮いていた。
「本当に浮いていますわ!」
ステラは思わず立ち上がった。
クラリスはそのままゆっくりと前進する。
少し上昇し、向きを変え、今度は部屋の反対側へと移動した。
その動きには、危なっかしさがない。
まるで地面を歩くのと同じくらい、自然に箒を操っていた。
「どうですか?」
クラリスが得意げに尋ねる。
「す、すごいですわ……!」
ステラは言葉を失っていた。
空を飛ぶ道具が存在するだけでも驚きなのに、それをこうも簡単に扱えるとは。
「これがあれば、移動も楽になるのではありませんか?」
「そうね。慣れれば便利よ」
「慣れれば……。つまり、特別な才能がなくても使えるのですか?」
「少なくとも、私が使えるのだから大丈夫でしょう」
「それはそうかもしれませんが……」
ステラは、まだ信じられないといった様子だった。
帝国で同じことを実現しようとすれば、いったいどれほどの研究と費用が必要になるのだろう。
そもそも、実現できるかどうかさえ分からない。
それなのに、王国ではお茶会の最中に披露できるほど身近なものになっている。
「王国では、もう実用化されているわよ」
セレスティアが何気なく告げた。
「じ、実用化……?」
「ええ」
「この箒が、すでに実用化されているのですか!?」
「そうよ」
セレスティアは、さも当然という顔で頷いた。
ステラは再び箒を見た。
空を飛べる道具。
それが王国では、実用化されている。
つまり、クラリスが特別に手に入れた珍品というわけではないのだ。
王国では、すでにこうした技術が使われている。
ステラは知らず知らずのうちに、背筋を伸ばしていた。
帝国が世界一だと信じていた自分が、ますます恥ずかしくなった。
王国には、帝国の知らない技術がいくつも存在する。
しかも、それらは一部の研究者だけが知る秘密ではなく、実際に使われているのだ。
(帝国と王国の技術力の差は、私が考えていた以上に大きいのかもしれません……)
ステラは真剣な顔で考え込んだ。
その様子を見て、セレスティアたちは顔を見合わせた。
彼女たちは、ステラが何を考えているのか分かっていた。
しかし、あえて何も言わなかった。
実際には、王国が独自に開発した技術というわけではない。
アレンのダンジョンに関係するものなのだが、ステラはその事情を知らない。
そして、アレン自身もわざわざ説明するつもりはなかった。
アレンは空を飛ぶクラリスを眺めながら、紅茶のおかわりを用意する。
ステラの中では、王国と帝国の技術力の差が、また一段と広がっていた。




