魔法の絨毯
「ねえ、アレン」
「どうした?」
「この前、魔法は想像力が大事だって言っていたじゃない」
「ああ、言ったな」
「じゃあ、人間は空を飛べるのかしら?」
セレスティアは、以前から気になっていた疑問を口にした。
ダンジョンの空間を拡張したり、見た目以上の荷物を収納できる魔法のカバンを作ったり。
アレンの話を聞いていると、魔法には自分たちが考えている以上の可能性があるらしい。
ならば、空を飛ぶことだってできるのではないだろうか。
「お前は、人間が空を飛ぶイメージができたのか?」
「全然よ。人間は地面を歩くものでしょう?」
「じゃあ、イメージできないと無理だろ」
「でも、私がイメージできなくても、あなたならイメージできるかもしれないじゃない」
「なくはないが……」
アレンは腕を組んだ。
人間が空を飛ぶ。
前世の知識を持つアレンにとって、それ自体は珍しい発想ではなかった。
ただし、セレスティアが求めているのは、空を飛ぶ乗り物を作ることではない。
人間自身が魔法を使って空を飛ぶ方法だろう。
「例えば、箒に乗って飛ぶとか?」
「……なんですって?」
「だから、箒に乗って空を飛ぶんだよ」
「なんで箒に乗ったら空を飛べる発想になるのよ!」
セレスティアは思わず声を上げた。
「箒は掃除に使う道具でしょう? どうして、それに乗ったら空を飛べるのよ!」
「魔法使いが箒に乗って飛ぶのは、わりと定番だぞ」
「定番って何の定番よ!」
「魔法使いの定番だ」
「説明になっていないわ!」
アレンは不思議そうな顔をした。
前世では、魔法使いが箒に乗って空を飛ぶ作品など珍しくもなかった。
しかし、そんな知識のないセレスティアにとっては、箒と飛行の組み合わせ自体が意味不明なのだ。
「そもそも、箒に乗る必要があるの? 普通に飛べばいいじゃない」
「じゃあ、どうやって飛ぶんだ?」
「それを考えるのが、あなたの役目でしょう!」
「無茶を言うなよ。俺だって何でも知ってるわけじゃないぞ」
「でも、想像力が大事なんでしょう?」
「そうだけどな」
アレンは再び考え込んだ。
「じゃあ、魔法の絨毯だな」
「どうしてそうなるのよ!」
「箒が駄目なら絨毯だろ」
「その二つに何の関係があるの!?」
「どっちも空を飛べる」
「だから、どうして飛べるのよ!」
「魔法だから?」
「またそれなの!?」
セレスティアは額に手を当てた。
この男は、魔法という言葉を使えば何でも説明できると思っているのではないだろうか。
「魔法の絨毯なんて、風に飛ばされているだけでしょ!」
「いや、魔法の絨毯だから風がなくても飛べるんだよ」
「普通の絨毯と何が違うのよ!」
「魔法がかかっているかどうかだな」
「そんなことは分かっているわよ!」
セレスティアは深いため息をついた。
聞けば聞くほど、疑問が増えていく。
「ねえ、アレン。あなた、本当に人間が空を飛ぶ方法を考えられるの?」
「考えられるかもしれないぞ」
「本当?」
「例えば、体の周囲に風を発生させて、その風をうまく制御すれば飛べるかもしれない」
「風の魔法で飛ぶのね!」
セレスティアの表情が明るくなった。
ようやくまともな方法が出てきた。
「でも、風で体を持ち上げるだけだと、姿勢を維持するのが難しいだろうな。前後左右のバランスも取らないといけないし、移動する方向も制御しないといけない」
「……確かに、そうね」
「それに、強い風を発生させればいいってものでもない。下手をすれば、自分の体が吹き飛ばされるだけだ」
「それは困るわね」
「だから、体全体を浮かせるように魔力を制御するか、重力に干渉するような魔法があればいいんじゃないか?」
「重力に干渉?」
「そう。自分の体を軽くしたり、落下する力を打ち消したりするんだ」
セレスティアは真剣に考え始めた。
風を使う方法なら、風魔法の応用として研究できるかもしれない。
重力に干渉する方法は、そもそもそんな魔法が存在するのか分からないが、可能性はある。
「なるほど……。そう考えると、人間が空を飛ぶ方法にもいろいろあるのね」
「まあな」
「だったら、箒や絨毯を使わずに飛ぶこともできるんじゃない?」
「できるんじゃないか?」
「どうして最初からそう言わないのよ!」
「いや、箒と絨毯のほうが説明しやすいかと思って」
「どこがよ!」
セレスティアは即座に突っ込んだ。
ようやく真面目な研究の話になったと思ったのに、最初の二つが余計だった。
「アレン。あなた、前世では本当に何を学んでいたの?」
「普通に学校で勉強してたぞ」
「その知識のどこから箒や絨毯が出てくるのよ!」
「学校じゃなくて、アニメの知識だな」
「堂々と言わないで!」
セレスティアは頭を抱えた。
「もっとも、空を飛ぶ方法を考えるなら、まずは何を実現したいかを決めるべきだろうな」
「どういうこと?」
「空中で静止したいのか、自由に移動したいのか、高いところまで上昇したいのか。それによって必要な魔法も変わるだろ?」
「確かに……」
「魔法でできることを考えるのも大事だが、何をしたいのかを考えるのも大事なんだよ」
「つまり、目的を明確にしてから想像するのね」
「そういうことだ」
セレスティアは感心したように頷いた。
ダンジョンの空間拡張も同じなのだろう。
広い空間が欲しいから拡張する。
魔法のカバンも、見た目以上の荷物を収納したいから作る。
目的があれば、それを実現する方法を考えられる。
「アレン、あなたって意外と真面目に考えているのね」
「意外とは余計だろ」
「だって、最初は箒と絨毯だったじゃない」
「それはそれ、これはこれだ」
「どういう理屈よ!」
そのとき、話を聞いていたアリスが口を挟んだ。
「ねえ、アレン」
「なんだ?」
「アニメの知識でドヤ顔するの、そろそろやめたら?」
「ドヤ顔なんてしてないぞ」
「してるわよ。箒が駄目なら絨毯だろ、とか言って得意げになってたじゃない」
「実際に、そういう魔法が出てくる作品があるんだから仕方ないだろ」
「その作品を知らない人に、どうやって説明するのよ!」
「魔法だから飛べるんだよ」
「ほら! またそれ!」
アリスは呆れたように両手を広げた。
「さっきまで重力がどうとか、風の制御がどうとか、まともなことを言っていたのに!」
「それはそれ、これはこれだ」
「便利な言葉ね!」
「想像力が大事なんだぞ。頭を柔らかくしないと、新しい発想は生まれないからな」
「アニメの知識でドヤ顔している人に言われたくないわ!」
アリスの突っ込みが響き渡った。
「セレスティアも、こいつの言うことを全部真に受けるなよ。参考になる部分はあるかもしれないが、本人だって仕組みを理解しているわけじゃないんだからな」
「それは分かっているわ。でも、考えるきっかけにはなったわよ」
「そうか。それならよかった」




