パンチングマシン
アレンは、ゲームセンターのパンチングマシンを思い出していた。
目の前にある機械を殴ると、攻撃の威力が数値で表示されるアレだ。
無料だったら、思わず挑戦してしまうよな。
普段、自分のパンチがどれくらいの威力なのかなんて、考える機会はほとんどない。
それが数値で表示されるとなれば、ちょっと試してみたくなる。
友達同士で競い合うのもいい。
自分より強そうな人がいたら、どちらが上なのか確かめたくなるだろう。
「これ、ダンジョンランドに設置したら面白そうだな」
アレンは、ふと思いついた。
そして、すぐに別のことにも気づく。
「……待てよ。攻撃したらエネルギーを消費するよな?」
生き物が動けばエネルギーを使う。
それは攻撃するときも同じだ。
ダンジョンでは、人間が活動して消費したエネルギーもダンジョンポイントに変換される。
つまり、客がパンチングマシンを殴れば殴るほど、ダンジョンポイントが入ってくる。
「無料で遊ばせて、こっちはポイントを稼げる。最高じゃないか!」
客は無料で遊べる。
アレンはダンジョンポイントを稼げる。
まさに一石二鳥だった。
「よし、作ろう」
アレンはさっそく、ダンジョンランドにパンチングマシンを設置することにした。
もっとも、普通のパンチングマシンを置くわけではない。
相手は冒険者だ。
一般的な機械では、まともに測定する前に壊される可能性がある。
そこでアレンは、頑丈なカカシを用意した。
攻撃を受けた際の衝撃を測定し、ダメージを数値として表示する。
殴ってもよし、蹴ってもよし。
物理攻撃なら、どんな方法でも測定できるようにした。
さらに、魔法攻撃にも対応させる。
こちらは魔法をカカシにぶつけると、与えたダメージが表示される仕組みだ。
「これなら、物理攻撃と魔法攻撃の両方を楽しめるな」
アレンは満足そうに頷いた。
しかし、これだけでは終わらない。
せっかく数値が表示されるのだから、記録を残したほうが面白い。
アレンはランキング機能も追加することにした。
まず、物理攻撃部門と魔法攻撃部門に分ける。
さらに、それぞれを一般の部と冒険者の部に分けた。
一般の部は、子供から大人まで誰でも参加できる。
冒険者の部は、冒険者ランクごとにランキングを作成する。
GランクからSランクまで、それぞれの平均値と最大値を表示するのだ。
これなら、自分の攻撃が同じランクの冒険者と比べてどれくらいの位置にあるのか、一目で分かる。
「平均値が分かれば、自分の実力の目安にもなる。最大値が分かれば、記録更新を狙う楽しみもある」
アレンは、さらにランキングの表示を確認した。
これで準備は完了だ。
「よし、完成!」
こうして、ダンジョンランドに新しいアトラクションが誕生した。
もちろん、利用料金は無料である。
アレンにとっては、客が遊んでくれるだけでダンジョンポイントが手に入るのだから、料金を取る理由がない。
むしろ、何度でも挑戦してもらいたいくらいだった。
そして、アレンの予想は見事に当たった。
パンチングマシンは、あっという間に人気アトラクションとなった。
「見て見て! さっきより数字が上がったよ!」
「本当だ! すごいじゃないか!」
「次は僕の番!」
子供たちは、自分の記録を更新しようと何度も挑戦した。
最初は軽く叩くだけだった子供も、数字が表示されると本気になってくる。
少しでも記録が伸びれば嬉しい。
友達に負ければ悔しい。
そして、悔しければもう一度挑戦したくなる。
無料なのだから、なおさらだった。
大人たちも負けてはいない。
「ふっ、見ていろ。大人の力を見せてやる」
そう言って挑戦した男性が、子供に記録で負ける。
「もう一回だ!」
「おじさん、さっきもそう言ってたよ!」
「うるさい! 今度こそ本気だ!」
そんな光景も珍しくなかった。
冒険者たちにとっては、また違った楽しみ方があった。
自分の攻撃力を数値で確認できるのだ。
「俺の攻撃力は、このランクの平均を超えているな」
「こっちは平均以下か……。意外と厳しいな」
「魔法攻撃なら負けないぞ!」
冒険者同士で記録を見比べ、仲間と競い合う。
物理攻撃が得意な者は物理攻撃部門に挑戦し、魔法使いは魔法攻撃部門で記録更新を狙う。
もちろん、両方に挑戦する者もいた。
ランキングには次々と新しい記録が登録されていった。
やがて、ダンジョンランドのパンチングマシンは、冒険者たちの間でも話題になった。
特に注目を集めたのは、高ランク冒険者の挑戦だった。
普段なら、他人の攻撃力を数値で比較する機会などない。
それが、このアトラクションなら一目瞭然なのだ。
上位ランクの冒険者が挑戦すると聞けば、見物人が集まるようになった。
そして、ある日。
Sランク冒険者が挑戦するという話が広まった。
「本当にSランクなのか?」
「ああ、間違いない。あの人はSランクパーティーの前衛だ」
「いったい、どれくらいの数字が出るんだろうな」
気づけば、パンチングマシンの周囲には大勢の人が集まっていた。
冒険者だけではない。
一般客も、子供たちも、記録を見ようと集まっている。
Sランク冒険者は、集まった観客を見て少しだけ笑った。
「そんなに期待されると、失敗できないな」
彼はカカシの前に立つと、軽く拳を握った。
そして、一撃。
ドンッ!
カカシが大きく揺れ、測定器の数字が切り替わった。
表示された数値は――。
10500。
一瞬の静寂。
次の瞬間、歓声が上がった。
「うおおおおお!」
「一万を超えたぞ!」
「さすがSランク!」
「すげえ、こんな数字が出るのか!」
冒険者は満足そうに頷き、表示されたランキングを確認した。
そして、観客たちもランキングに目を向ける。
歴代二位。
「おお、二位か!」
「待て、二位ってことは一位がいるんだよな?」
「そういえば、歴代一位ってどれくらいなんだ?」
誰かがランキングの最上段を指差した。
そこに表示されていた数字は――。
78000。
「…………は?」
観客の声が止まった。
七万八千。
もう一度、数字を確認する。
78000。
見間違いではない。
「な、七万八千って……」
「一万五百でも、とんでもない数字だったんだぞ?」
「それの七倍以上って、どういうことだよ!」
「人間に出せる数字なのか?」
Sランク冒険者本人も、さすがに驚いていた。
「……俺の記録が、かすんで見えるな」
観客たちは、歴代一位の正体について話し始めた。
「いったい誰が出した記録なんだ?」
「名前が表示されていないぞ」
「測定ミスじゃないのか?」
「いや、測定ミスなら、こんなところに記録が残るわけがないだろう」
さまざまな憶測が飛び交った。
しかし、誰も答えを知らなかった。
もちろん、アレンも知らない。
ランキングを確認したアレンは、首を傾げていた。
「七万八千? なんだこれ」
Sランク冒険者が一万五百だ。
それだけでも十分にすごい。
なのに、その七倍以上の記録が残っている。
「測定器の故障か?」
念のため、測定器を確認してみた。
異常はない。
カカシにも問題はなかった。
「……まあ、記録が出ているならいいか」
アレンは深く考えないことにした。
その後もパンチングマシンは人気を集め、七万八千という謎の記録は、ダンジョンランドの名物のひとつになっていった。
そして、後日。
アレンは、ようやくその記録の正体を知ることになった。
「すまん。どうやら、我が挑戦してしまったようだ」
そう告げたのは、クロノスだった。
アレンは、ゆっくりと顔を上げた。
「……何を?」
「パンチングマシンだ。面白そうだったのでな」
「お前、あれに挑戦したのか?」
「うむ。無料だったからな」
クロノスは、悪びれる様子もなく頷いた。
アレンは、しばらく黙っていた。
無料だったから。
その理由には覚えがあった。
自分だって、無料なら挑戦したくなるだろうと思って設置したのだ。
まさか、その考えが古代竜にまで当てはまるとは思っていなかった。
「……お前かよ」
「うむ」
「いや、うむじゃねえよ!」
アレンは頭を抱えた。
Sランク冒険者が一万五百で歴代二位。
その上に、七万八千という記録を叩き出した古代竜がいる。
しかも、本人は無料だからという理由で挑戦しただけだった。
「お前のせいで、みんな記録の正体が分からなくて大騒ぎしてたんだぞ!」
「そうだったのか。すまんな」
「いや、謝るところはそこじゃない!」
アレンは、改めてランキングを思い浮かべた。
歴代一位、七万八千。
その記録は、これからもずっと残り続けるのだろう。
そして、誰かが記録を更新しようとするたびに、七万八千という数字を目にすることになる。
……まあ、挑戦者が増えればダンジョンポイントも増える。
そう考えれば、悪いことばかりでもない。
「……もういい。次からは名前も表示するようにしておく」
「そうか。では、また挑戦してもよいのだな?」
「お前はもういい!」
こうして、ダンジョンランドのパンチングマシンは、今日も大勢の客で賑わっていた。
歴代一位の記録は、相変わらず七万八千。
その記録を塗り替えようと、今日も誰かがカカシの前に立つ。
もっとも、記録を更新できる人間がいるかどうかは、また別の話だった。




