顔認証システム
アレンはマスタールームでくつろいでいた。
そこへ、セレスティアがやってきた。
「アレン、犯罪者がダンジョンに逃げ込んだみたいなんだけど」
「なるほど、難しい問題だな」
「捕まえられないの?」
「お前は他国で起こした事件を王国で取り締まることができるのか?」
「そうね、外交問題になるわね」
セレスティアは納得したようにうなずいた。
他国で犯罪を犯した者が王国に逃げ込んだ場合、王国が勝手に逮捕するわけにはいかない。
犯罪者を引き渡すにしても、相手国との協議が必要になる。
それが国と国との関係というものだった。
「王国に犯罪者を入れないために、検問所で身元確認をしてるんだろ?」
「ええ。王国に入る人については、身元を確認しているわ」
「なんでダンジョンの検問所の身元確認が甘いんだよ」
「それは……」
セレスティアは少し困った顔をした。
「四か国しか面していなかった頃と違って、今は二十六か国の子ダンジョンを通じて人が移動してくるのよ。すべての人の移動を把握するなんてできないわ」
「ああ、そういうことか」
アレンは納得した。
以前は、ダンジョンと行き来できる国は限られていた。
ところが、アレンが子ダンジョンを増やしたことで、二十六か国からダンジョンを通じて人が移動できるようになった。
商人は商品を運び、冒険者は別の国のダンジョンへ向かう。
旅行者もいれば、仕事を求めて移住する者もいる。
それまで何日も、場合によっては何週間もかかっていた移動が、ダンジョンを経由すれば簡単にできるようになったのだ。
人の流れが増えれば、経済も活発になる。
しかし、それは犯罪者にとっても同じだった。
自分が犯罪を犯した国から逃げ出し、別の国へ移動することも容易になってしまったのである。
「そもそも、ダンジョンの検問所は何のために設置しているんだ?」
「主に危険物の持ち込みや、問題を起こす人物への対処ね。それに、各国の安全を守るためでもあるわ」
「だったら、犯罪者を見つけたらどうするんだ?」
「それが難しいのよ。ある国では犯罪者でも、別の国ではその罪が犯罪に当たらない場合もあるでしょう? 国によって法律が違うのだから、簡単には決められないわ」
「なるほどな」
アレンは腕を組んだ。
ダンジョンはアレンが管理している。
だからといって、各国の法律を無視して、アレンがすべての犯罪者を捕まえるわけにもいかない。
他国で起きた事件について、どの国がどこまで対応するのか。
それを決めるのは、基本的には国同士の問題だ。
「ダンジョン内で何かしない限り、捕まえる気はないが……犯罪者は何度も犯罪を起こす可能性があるからな。どんな人物がダンジョンにいるのか、把握しておくのは悪くない」
「どうするの?」
「マークしてほしい人物の人相書きを提出してもらって、ダンジョンにいるかどうか問い合わせがあったら答える。それくらいならできるだろ」
「人相書きを提出してもらうのね」
「そうだ。名前だけじゃ、同姓同名の人間がいるかもしれないし、偽名を使っている可能性もある。顔が分かれば、探す手掛かりになるだろ」
「でも、二十六か国すべてから人相書きが送られてきたら、管理するのも大変じゃない?」
「そこはシステムで処理すればいい」
「また、それなのね……」
セレスティアは苦笑した。
アレンにとって、情報を管理すること自体は大きな問題ではなかった。
問題は、どうやって情報を集め、必要なときに取り出せるようにするかだ。
「各国から提出された人相書きを登録して、ダンジョン内の監視映像と照合すればいい。該当する人物が見つかったら、問い合わせに答えられるようにする」
「そんなことができるの?」
「できるぞ。AIの顔認識システムを使えばいい」
「……えーあい?」
「気にするな。こっちの話だ」
アレンはさっそく、ダンジョンの管理システムに新しい機能を追加した。
各国から提出された人相書きを登録し、顔認識システムで照合する。
該当する人物がダンジョン内で確認されれば、その情報を記録する。
問い合わせがあったときには、登録された情報をもとに所在を確認できる仕組みだ。
ただし、顔が似ているからといって、すぐに本人だと断定するわけではない。
人相書きが古い場合もあれば、顔が似ている別人がいる可能性もある。
あくまで捜索の手掛かりを提供するためのシステムだった。
「これでいいだろ」
「もうできたの?」
「人相書きを登録して、顔認識で照合するだけだからな」
「……アレンにとっては簡単なことなのね」
「人間が一人ずつ確認するより、機械に任せたほうが早いだろ」
アレンは当たり前のように言った。
しかし、セレスティアにとっては大きな話だった。
これまでは、他国で犯罪を犯した者がダンジョンに逃げ込んだとしても、所在を確認するのは簡単ではなかった。
各国がそれぞれ情報を持っていても、それを照合する仕組みがなければ、捜索は難しい。
だが、ダンジョンに照会できるようになれば、少なくとも逃げ込んだ人物が見つかる可能性は高くなる。
「これなら、各国も助かるわね」
「そうだな。ただし、見つかったからといって、俺が勝手に捕まえるわけじゃないぞ」
「ええ。それは分かっているわ」
「ダンジョン内で犯罪を犯したなら話は別だ。俺の管理する場所で問題を起こしたんだから、俺が対処する。だが、他国で起きた事件については、その国の法律や事情もあるだろ」
「そうね。所在が分かることと、逮捕できることは別の問題だものね」
「そういうことだ」
セレスティアは少し考え込んだ。
「各国に、この仕組みを知らせたほうがいいわね。犯罪者の捜索だけでなく、行方不明者の確認にも使えるかもしれないわ」
「まあ、必要なら相談してくれ」
「分かったわ」
こうして、ダンジョンには各国から提出された人相書きを管理する仕組みが追加された。
ダンジョンは、もはや単なる冒険者の活動場所ではない。
二十六か国をつなぐ交通の拠点となり、人や物だけでなく、情報を扱う場所にもなりつつあった。
便利になればなるほど、今まで想定していなかった問題が発生する。
そして、その問題を解決するために、また新しい仕組みが必要になるのだった。
「さて、これで終わりだな」
「システムを作ったのは俺だが、各国との交渉はお前の仕事だ」
「ふふっ、そうね。」
セレスティアは笑顔でマスタールームを後にした。
各国への説明をするのはセレスティアなのだから、面倒なのは彼女のほうだ。




