ミッション車
アレンは王妃、セレスティア、フローラの三人のお茶会で給仕をしていた。
紅茶を注ぎ、菓子を並べる。
普段なら、それだけで終わるはずだった。
しかし――。
「アレン」
「なんだ?」
セレスティアが紅茶を飲みながら、真剣な顔で口を開いた。
「私の車を、本来の性能に戻してくださらないかしら?」
「私も希望します」
王妃も続ける。
「私も……」
フローラまで手を挙げた。
アレンは三人を見る。
「……なんで?」
「一度、本来のポテンシャルを知ってしまうと、今の速度では満足できませんわ」
「そういうことです」
王妃も頷く。
「人間、一度知ってしまうと戻れないものです」
「お前ら……」
アレンはため息をついた。
セレスティアに渡した車は、事故を防ぐために性能を大幅に制限している。
本来の性能なら、今の速度の何倍も出せる。
だが、この世界には日本のように整備された道路もない。
交通ルールもない。
運転技術もない。
そんな場所で本来の性能を出せば、危険すぎる。
「あれは専用のコースだから出せる速度なんだぞ」
アレンが説明する。
「日本でも、普通の道路であんな速度は出せない」
「でも、今の速度では遅いでしょう?」
「少なくとも、今の速度以上は危険だ」
「納得いきませんわ」
「私もです」
「私も……」
三人とも不満そうだ。
「お前ら、車に乗ったとき悲鳴を上げてただろ」
アレンが言う。
「……あれは初めてだったからよ」
セレスティアが答える。
「もう大丈夫よ」
「私も慣れました」
「私もです」
「本当に?」
三人が頷く。
アレンはしばらく三人を見る。
「後部座席の大惨事を忘れたか?」
「……」
三人の動きが止まった。
以前、本来の性能を体験したとき。
セレスティアたちは後部座席で大騒ぎになった。
悲鳴を上げる。
座席にしがみつく。
そして、車が止まったあともしばらく動けなかった。
「あれはもう昔の話です」
王妃が言う。
「ついこの前だろ」
「もう慣れましたわ」
セレスティアも負けない。
「……本当に?」
「ええ」
「なら、試してみるか」
アレンは諦めた。
「ただし、条件がある」
「何ですの?」
「サーキット場に行く」
アレンは三人を連れて、専用のサーキット場へ移動した。
そこなら、少なくとも一般道よりは安全に速度を出せる。
「ここなら好きなだけ乗ればいい」
アレンは車から降りる。
「本来の性能を試したいんだろ?」
「ええ」
セレスティアが車を見る。
「では、アレン。お願いしますわ」
「俺が運転するんじゃない」
「え?」
「自分で動かしてみろ」
三人が固まった。
「……私が?」
「そうだ」
「どうやって?」
「運転席に座れば分かる」
セレスティアは運転席へ向かった。
そして乗り込む。
「……」
ハンドルを見る。
足元を見る。
そこには三つのペダルがある。
「アレン」
「なんだ?」
「これは?」
「クラッチ」
「……」
セレスティアが黙る。
「こっちは?」
「ブレーキ」
「これは?」
「アクセル」
「……」
王妃とフローラも覗き込む。
「ミッション車だ」
「……」
三人は顔を見合わせた。
「アレン」
「なんだ?」
「これ、動かせるの?」
「動かせるもんなら動かしてみろ」
アレンは腕を組む。
セレスティアが運転席に座る。
クラッチを踏む。
ギアを触る。
そしてアクセルを踏む。
「……」
車は動かない。
「?」
もう一度試す。
「……」
動かない。
王妃も挑戦する。
フローラも挑戦する。
三人とも、車の仕組みを理解できない。
「……」
「……」
「……」
しばらくして、アレンが口を開いた。
「本来の性能以前の問題だったな」
「……」
「運転できなければ、速度も何もないぞ」
三人は何も言い返せなかった。




