聖女の歌姫
アレンは、つまらないことを思い出した。
「そういえば……」
何気なく思い出したのは、昔見た作品の一場面だった。
聖女が歌を歌い、その歌に込められた力によって敵を浄化する。
歌声そのものが力となり、遠くにいる敵にまで届いていく。
そんな作品があった気がする。
「……これ、使えるんじゃないか?」
何に使えるのかは分からない。
だが、アレンの頭には一つの考えが浮かんでいた。
エレナに歌ってもらおう。
エレナは聖女だ。
聖魔法も使える。
普段から聖歌も歌っている。
ならば、歌に聖魔法を乗せれば、何か面白いことができるかもしれない。
思いついたら、アレンは行動が早い。
さっそくエレナのところへ向かった。
「エレナ、ちょっと歌ってくれないか?」
「歌、ですか?」
「ああ」
エレナが首を傾げる。
突然歌ってくれと言われても、何をするつもりなのか分からない。
「そうだ」
アレンは、いかにも真面目な実験でもするかのような顔で説明を始める。
「声に魔力を乗せて、聖魔法を遠くまで飛ばすんだ」
「……」
「そうすれば普通に聖魔法を使うより効果範囲が広くなって、必要な魔力も抑えられるはずだ」
それらしい理屈だった。
声は空気を振動させて遠くまで届く。
ならば、その声に魔力を乗せれば、魔力も一緒に遠くまで運ばれるのではないか。
アレンはそんなことを考えていた。
ただし。
全く根拠はない。
魔力が音に乗るという証拠もない。
聖魔法が歌によって遠くまで飛ぶという理論もない。
そもそも、アレン自身も本当にできるとは思っていない。
本当の目的は――。
エレナに歌を歌わせたい。
ただ、それだけだった。
「本当に効果があるのでしょうか?」
エレナは半信半疑でアレンを見る。
「やってみないと分からないな」
「そうですか……」
エレナは少し考えた。
しかし、失敗したところで特にデメリットはない。
普段から聖歌は歌っている。
そこに祝福を込めて歌うだけなら、試してみても問題はなかった。
「分かりました。やってみます」
「よし」
実験場所には、人の集まっている場所が選ばれた。
効果があるのなら、できるだけ多くの人に届いたほうが分かりやすい。
エレナがその場に立つ。
周囲にいた人々も、聖女が何をするのかと自然に視線を向けた。
エレナは静かに息を吸う。
そして、歌い始めた。
いつもの聖歌だった。
ただ、いつもと少し違う。
歌に祝福を込める。
一音一音に聖女としての力を込め、普段よりも意識して歌っていく。
アレンは少し離れた場所から様子を見ていた。
果たして、本当に聖魔法を遠くまで飛ばせるのか。
歌声に乗った魔力が、広い範囲へ届くのか。
もしかすると、今までより少ない魔力で広範囲を浄化できるのかもしれない。
アレンは期待していた。
そして、歌が終わる。
静寂が訪れる。
「……どうだった?」
アレンが周囲を見る。
特に何かが起きた様子はない。
魔物が浄化されたわけでもない。
大規模な聖魔法が発動したわけでもない。
目に見える変化もない。
「やっぱり駄目だったか?」
アレンが少し肩を落とす。
やはり思いつきだけでは上手くいかない。
そんな結論になりかけた、そのときだった。
「聖女様だ……」
「なんて美しい歌声……」
「ありがたや……」
「聖女様!」
アレンが振り返る。
いつの間にか、エレナの前には人だかりができていた。
しかも、ただ集まっているだけではない。
エレナを見つめながら、拝んでいる。
「聖女様の歌声を聞けるなんて……」
「なんというありがたい歌なのだ……」
「もう一度……!」
エレナは困惑している。
自分はただ歌っただけだ。
「……」
アレンは黙ってその光景を眺めていた。
エレナも困ったようにアレンを見る。
「アレン様……これは?」
「……」
アレンは考える。
歌声に聖魔法を乗せることで、効果範囲が広がったのか。
魔力の消費は抑えられたのか。
浄化能力は強化されたのか。
いろいろと考えてみる。
しかし、今のところ何一つ検証できていない。
ただ一つ、確実に分かったことがある。
「エレナは歌が上手い」
それだけだった。




