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ダンジョンでニート生活始めます ~冒険者を集め、町を発展させ、経済を動かし、世界に影響を与えるダンジョン経営~  作者: まゆな


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願いの泉

聖剣が十階層の観光名所として定着してから、しばらく経ったある日のこと。


 アレンは十階層を歩いていた。


 聖剣の前には相変わらず人が集まっている。


「今日こそ抜いてやる!」


「昨日もそう言ってただろ」


「今日は違う!」


 そんな会話を聞きながら、アレンは聖剣を眺める。


 聖剣を見る。


 挑戦する。


 そして抜けない。


 すっかり定番の光景になっていた。


「他にも何かできないかな……」


 アレンは観光客を眺めながら考える。


 観光地には、観光地ならではの名物がある。


 景色を見る。


 名物を食べる。


 記念品を買う。


 そして――。


「……そうだ」


 アレンは突然思い出した。


「小銭を投げ入れるやつがあるじゃないか」


 池や泉にコインを投げ入れて、願い事をする。


 観光名所では、よくある光景だ。


 ただし、どこでもやっていいわけではない。


 普通の池や噴水に勝手にコインを投げ入れれば、掃除する人間が困る。


 水質にも影響する。


 そもそも、管理している側からすれば迷惑な場合もある。


「……でも、ここはダンジョンなんだよな」


 アレンは考える。


 投げ入れられた小銭は池の底に溜まる。


 だが、それで終わりではない。


 ダンジョンには、ダンジョンに取り込まれた物を処理する仕組みがある。


 小銭も例外ではない。


 吸収してポイントに変換できる。


「だったら問題ないじゃないか」


 普通の観光地なら迷惑になることがある。


 だが、ここなら違う。


 投げ入れられた小銭は、ダンジョンにとって収入になる。


「……いくらでも投げ入れてくれ」


 アレンは思わず笑った。


 さっそく、聖剣の近くに小さな池を作ることにした。


 あまり大きくする必要はない。


 観光客が立ち止まり、小銭を投げ入れられる程度で十分だ。


 周囲も少し整える。


 池の中央には小さな石を置き、水面が穏やかに揺れるようにする。


 これだけでも、それらしく見える。


「よし」


 アレンは完成した池を眺める。


 そして、さっそくアリスを連れてきた。


「アリス」


「はい」


「こういうところでは、小銭を投げ入れて願い事をするんだ」


「小銭をですか?」


「ああ」


 アレンは鉄貨を一枚取り出す。


 そして池に向かって投げる。


 ちゃぷん。


 鉄貨が水面に落ち、小さな波紋が広がる。


 アレンは手を合わせた。


「……」


 アリスもアレンを真似して、手を合わせる。


「……こうですか?」


「そうだ」


 二人で池に向かって手を合わせる。


 別に大した意味はない。


 アレン自身も、何を願ったのかよく分からない。


 ただ、観光地の池にコインを投げて願い事をするなら、こうするものだ。


 それだけだった。


 だが、その様子を近くで見ていた者がいた。


「何をしているんだ?」


「池にお金を投げ入れてるぞ」


「何のために?」


「さあ……」


 最初は、それだけだった。


 しかし、アレンとアリスがやっているのを見た者の中から、一人の冒険者が興味を持った。


「俺もやってみるか」


 懐から鉄貨を取り出す。


 池へ投げる。


 ちゃぷん。


 そして、アレンたちを真似して手を合わせる。


「……次のダンジョン攻略が成功しますように」


 小さな声で願った。


 すると、それを見ていた別の冒険者も鉄貨を取り出す。


「俺もやろう」


 ちゃぷん。


「怪我をしませんように」


 また一人。


 ちゃぷん。


「商売が繁盛しますように」


 さらに一人。


 ちゃぷん。


「家族が元気でいますように」


 最初は数人だった。


 だが、人というのは他人がやっていることを真似したくなる。


「何をしているんだ?」


「願い事をしているらしいぞ」


「小銭を入れるといいのか?」


「そうみたいだ」


 いつの間にか、聖剣に挑戦するついでに池へ小銭を投げる人が現れ始めた。


 そして、そのうち逆になった。


「せっかく十階層まで来たんだから、願いの泉にも寄っていこう」


「聖剣は混んでるから、先に泉に行くか」


 そんな声まで聞こえるようになった。


 池に名前を付けた者もいた。


「願いの泉って呼ばれてるみたいですよ」


 アリスから聞いたアレンは、池を見る。


「泉?」


「はい」


「これ、池じゃないか?」


「……」


 アリスも池を見る。


「池ですね」


「まあ、いいか」


 名前なんて、呼んだ者が勝手に決めるものだ。


 こうして、いつの間にかそこは「願いの泉」と呼ばれるようになった。


 観光客は小銭を投げる。


 そして手を合わせる。


 願い事は人によって違う。


 冒険者なら、無事に帰ってこられるように。


 商人なら、商売がうまくいくように。


 農民なら、豊作になるように。


 家族の健康を願う者もいる。


 好きな相手との縁を願う者までいた。


 そして、アレンはそれを少し離れた場所から眺めていた。


「……順調だな」


 ちゃぷん。


 ちゃぷん。


 ちゃぷん。


 次々と鉄貨が池へ投げ込まれる。


 落ちた鉄貨は、そのままダンジョンに吸収される。


 そしてポイントへと変わっていく。


「願い事をするだけでポイントになる」


 アレンにとって、こんなにありがたい話はない。


「もっと投げ入れてくれ」


 アレンは心の中で願った。


 しかし、観光客にとっては、アレンが何を考えているかなど知る由もない。


 彼らにとっては、願いを込めて小銭を投げ入れる神聖な場所になっていた。


 数日後。


 アレンは池を見て驚いた。


「……大量だな」


 池の底には、無数の鉄貨が溜まっていた。


 最初は数枚だった。


 それが十枚になり、百枚になり、さらに増えている。


 観光客が来るたびに小銭が投げ込まれるのだから、当然だった。


「これ、どうするんですか?」


 アリスが池を覗き込む。


「ポイントには変換されているから、無駄ではない」


 アレンは少し考える。


「だが、鉄貨そのものも使えるな」


「お金としてですか?」


「いや」


 アレンは池の中を見る。


「潰してしまおう」


「潰すんですか?」


「ああ。貨幣として使う必要がないなら、鉄として使えばいい」


 鉄貨は鉄でできている。


 ならば、貨幣としての形にこだわる必要はない。


 溶かしてしまえば、ただの鉄資源だ。


「鉱山エリアで鉄として出すことにする」


 そうすれば、貨幣として人々が投げ入れた鉄貨は、最終的にダンジョンの資源になる。


 ポイントにもなる。


 鉄としても利用できる。


「無駄がないな」


 アレンは満足そうに頷いた。


 人々は願いを込めて鉄貨を投げる。


 アレンはそれを受け取る。


 ダンジョンは鉄を資源として再利用する。


 誰も損をしていない。


 むしろ観光客は、願い事をする場所ができて喜んでいる。


「いい仕組みだ」


 こうして、十階層には新しい観光名所が誕生した。


 聖剣の台座。


 そして、その隣にある願いの泉。


 聖剣を見て、挑戦して、願いの泉に小銭を投げる。


 いつの間にか、それが十階層の定番コースになっていた。


 そしてアレンは、今日も池のそばを通りながら思う。


「……もっと大きい池にしてもいいかもしれないな」


 まだまだ小銭は増えそうだった。

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