観光名所
アレンは、突如思いついた。
「聖剣が台座に刺さってるなんて、観光名所に最適ではないか」
思いついた瞬間には、もう頭の中で完成形ができていた。
一階層に立派な台座を作り、そこに聖剣を刺しておく。
ダンジョンを訪れた者が聖剣を見物する。
そして、誰でも自由に挑戦できる。
もし抜けたなら、その者が聖剣を貰える。
分かりやすい。
実に分かりやすい観光名所だった。
ただ、一階層には問題がある。
すでに人が多いのだ。
そこに聖剣まで置けば、挑戦者が集まりすぎて通行の邪魔になる。
「……一階層は駄目だな」
アレンは少し考えた。
「十階層にするか」
そうして聖剣は十階層へ移された。
立派な台座を用意し、その中央に聖剣を突き刺す。
周囲から見ても、いかにも重要な物が置かれているような造りだ。
アレンは完成した聖剣を眺め、満足そうに頷いた。
「誰でも自由に挑戦出来て、抜けたら貰える。最高の見世物だ」
そして、その噂はすぐに広まった。
聖剣がある。
誰でも挑戦できる。
抜けたら貰える。
この三つが揃えば、人が集まらないわけがない。
最初に集まったのは冒険者だった。
「本当に抜けたら貰えるのか?」
「そうらしいぞ」
「じゃあ、やってみるか」
力自慢の冒険者が台座の前に立つ。
聖剣の柄を握る。
「ふんっ!」
全身に力を込める。
だが、聖剣は動かない。
「……硬いな」
「お前の力が足りないんだろ」
次の冒険者が前に出る。
「俺ならいける」
そして挑戦する。
やはり動かない。
さらに別の者が挑戦する。
それでも動かない。
しかし、誰も気にしなかった。
聖剣なのだから、簡単に抜けないのは当然だ。
むしろ、簡単に抜けてしまったら興ざめである。
「次、俺!」
「いや、俺が先だ!」
いつの間にか、挑戦者の列までできていた。
しかも、冒険者だけではなかった。
「冒険者じゃないと駄目なのか?」
「誰でもいいらしいぞ」
その話を聞いた商人が挑戦する。
「商人の俺でも抜けるなら、一生遊んで暮らせるな」
柄を握る。
力を込める。
――動かない。
「……まあ、商売の方が向いてるか」
今度は農民がやって来る。
「農作業なら誰にも負けないぞ」
鍬を振るうことで鍛えた腕を使い、思い切り引っ張る。
「うおおおお!」
しかし、やはり抜けない。
農民も首を傾げる。
「聖剣ってのは、こんなに重いのか?」
挑戦者は増えていった。
冒険者。
商人。
農民。
職人。
旅人。
ダンジョンに来た者なら、誰でも一度は挑戦してみる。
抜ける者は一人もいない。
それでも挑戦者は途切れなかった。
なにしろ、抜ければ聖剣が手に入る。
それだけで十分だった。
そして、聖剣の存在はさらに有名になっていく。
「十階層の聖剣を知ってるか?」
「ああ。誰も抜けないやつだろ?」
「俺は抜いてみせる」
そんな会話が、ダンジョンのあちこちで交わされるようになった。
やがて、Sランク冒険者まで聖剣に挑戦することになった。
「Sランクが挑戦するぞ!」
その声が響いた瞬間、周囲の人間が一斉に集まった。
「ついにか!」
「Sランクなら抜けるんじゃないか?」
「今までとは違うぞ!」
それまでの挑戦者とは格が違う。
誰もが期待した。
Sランク冒険者は聖剣の前に立つ。
柄を握る。
そして、力を込めた。
「……っ!」
腕に力が入り、身体全体が震える。
周囲も固唾を呑んで見守る。
だが――。
聖剣は動かなかった。
何度挑戦しても結果は同じだった。
「……無理か」
Sランク冒険者が手を離す。
観衆からは、残念そうな声が漏れた。
「Sランクでも駄目なのか……」
「じゃあ、誰なら抜けるんだ?」
そこで、一つの名前が出た。
「勇者なら……」
その言葉が、少しずつ広がっていく。
そして、ついに勇者が挑戦することになった。
「勇者が聖剣に挑戦するぞ!」
十階層は、それまでとは比べものにならないほどの騒ぎになった。
冒険者も。
商人も。
農民も。
たまたま居合わせた者まで集まってくる。
これまでSランクですら抜けなかった聖剣。
ならば、勇者ならどうなのか。
「ついに抜けるのか?」
「聖剣なんだから、勇者が持つものだろ」
「見逃すなよ!」
勇者は大勢の視線を受けながら、台座の前に立った。
聖剣を見る。
そして、柄に手をかける。
「……」
ほんの少し力を込める。
その瞬間だった。
勇者は悟った。
これ、無理なやつだ。
抜けない。
力が足りないとか、そういう話ではない。
自分には、この聖剣を抜けない。
勇者はすぐに判断した。
だが、周囲は期待している。
ここで「抜けませんでした」と言えば、せっかくの盛り上がりが終わってしまう。
勇者は自分の剣を見る。
お嬢様に貰った、大切な剣。
そして、聖剣を見る。
少し考えた。
「私には、お嬢様に貰ったこの剣しか必要ありません」
そう言って、勇者は柄から手を離した。
「なるほど!」
「勇者は自分の剣を大切にしているんだ!」
「聖剣より大事な剣があるんだな!」
周囲は勝手に納得していった。
勇者は内心でほっとする。
どうやら、うまくごまかせたようだ。
勇者はそのまま十階層を後にした。
そして、その日の深夜。
昼間の騒ぎが嘘のように静まり返った十階層。
聖剣の前に、一人の男が立っていた。
前勇者だった。
誰もいないことを確認すると、聖剣をじっと眺める。
「……」
そして、ぽつりと呟いた。
「俺の愛剣の方が上だな」
前勇者にとって、聖剣だから特別というわけではなかった。
自分には、自分の愛剣がある。
それでも、せっかく目の前にあるのだ。
一応、手にかけてみる。
柄を握る。
「……」
少しだけ力を込める。
すると、昼間の挑戦者たちとは違う感覚があった。
聖剣が、わずかに応じる。
「……抜けそうな気がする」
前勇者は少し驚いた。
もう少し力を入れれば、抜ける。
そんな感覚がある。
しばらく聖剣を眺める。
抜ける。
ならば、抜いてみるか。
そう考えて――。
「……いや」
手を離した。
「いらないから抜くのはやめておいた」
聖剣を手に入れたところで、自分には愛剣がある。
わざわざ聖剣を手に入れる必要もない。
それに、誰も抜けないからこそ、あの場所は面白い。
前勇者は何事もなかったように、その場を去っていった。
翌朝。
「今日こそ俺が抜く!」
また新しい挑戦者が聖剣の前に立つ。
その後ろには、次の挑戦者。
さらにその後ろにも、挑戦者。
聖剣は今日も台座に刺さったままだ。
誰も抜けない。
だが、それでいい。
抜けるかもしれない。
その可能性がある限り、人は何度でも挑戦しに来る。
アレンが思いつきで置いた一本の聖剣は、いつの間にかダンジョンを代表する観光名所の一つになっていた。




