サーキット
アレンのダンジョンを運行している自動循環バスは、時速三十キロほどで走っている。
この世界の人間にとって、時速三十キロという速度は十分に速い。
電車も同じくらいの速度で走っている。
馬車と比べれば、それだけでも圧倒的に速い。
しかし、速度そのものよりも人々が凄いと思っていたのは、馬と違って休まず動けることだった。
馬は生き物だ。
長時間走れば疲れる。
休ませなければならない。
食事も必要だし、水も必要になる。
それに対して、自動循環バスは動力が続く限り走り続ける。
乗客が休憩したくなることはあっても、バスそのものが疲れて止まることはない。
それだけでも、この世界では革命的だった。
セレスティアにあげたロールスロイスも、ゴーカート仕様に変えてある。
ただし、最高速度は時速三十キロ。
この世界の人々が安全に使うことを考えれば、それくらいで十分だった。
アレン自身も、それで困ってはいなかった。
移動するだけなら十分な速度だからだ。
だが――。
アレンには、一つ気になっていることがあった。
この世界の人間は、本物の車の速度を知らない。
そしてアレンは、前世の車がどれほど速かったのかを知っている。
そこで、まずアリスに確認した。
前世で免許を持っていたこと。
アリスが運転できるのであれば、試せる。
アレンはダンジョンにサーキット場を作った。
普段の道路ではない。
車を思い切り走らせるための場所だ。
そして用意した車は二台。
一台はスカイラインGTR。
もう一台はインプレッサWRX。
ラリー車だ。
どちらも、この世界で普段使われている乗り物とは次元が違う。
アレンは二台をサーキットに並べる。
そして、みんなを呼びつけた。
「俺の国の科学力を見せてやる」
アレンは自信満々だった。
これまでみんなが乗ってきた乗り物といえば、時速三十キロほどの自動循環バスやゴーカート仕様のロールスロイス。
それらも十分に便利だった。
しかし、前世の車はそんなものではない。
アレンとしては、その違いを見せたかった。
アレンの車とアリスの車に、エレナ、セレスティア、フローラ、クラリス、リリア、シャルロッテが乗る。
それぞれが車に乗り込み、出発の準備が整った。
最初は、みんなそれほど警戒していなかった。
車に乗ること自体には、すでに慣れている。
自動循環バスにも乗っている。
セレスティアに至っては、ゴーカート仕様のロールスロイスまで持っている。
だから今回も、少し速い程度だと思っていた。
しかし――。
車が動き出した瞬間、その認識は間違いだったと分かった。
「きゃあああああ!」
車内から悲鳴が上がる。
加速が違う。
自動循環バスとは明らかに違う。
景色が一気に流れていく。
周囲を見ている余裕などない。
前を見ているだけで精一杯だ。
そしてカーブに入る。
車が曲がる。
その瞬間、体が横へ押し付けられる。
「速い!」
「ちょっと、何ですのこれ!」
「きゃあああ!」
次々と悲鳴が上がる。
直線では景色が横へ流れていく。
カーブでは体が横へ持っていかれる。
今まで乗っていた乗り物とは、同じ「車」という言葉で呼ぶのが申し訳ないくらいだった。
そしてアレンは、さらに余計なことを始めた。
無駄にドリフトまで披露する。
車が横を向く。
タイヤが滑る。
乗っている側からすれば、何が起きているのか分からない。
ただ、車が横へ動く。
体も横へ持っていかれる。
そしてまた戻される。
後部座席は大惨事だった。
前の席よりも車の動きに振り回される。
右へ押し付けられたと思えば、次の瞬間には左へ持っていかれる。
悲鳴を上げる余裕すらなくなっている者もいた。
アレンは楽しそうに運転している。
アリスも久しぶりの運転を楽しんでいる。
しかし、後部座席にいる者たちにとっては、それどころではない。
ようやくサーキットを一周し、車が止まった。
車内には、しばらく誰も言葉を発しなかった。
やがてセレスティアが口を開く。
「適切に処理したから大丈夫だと言う」
アレンは後部座席を見る。
そして、すぐに首を振った。
「痕跡が残ってるんだよ」
何を処理したのかはともかく、完全に消えたわけではない。
後部座席には、明らかに掃除が必要な痕跡が残っていた。
アレンはため息をつく。
科学力を見せてやる。
そう言ってみんなを呼んだ。
車の性能を見せた。
圧倒的な速度を体験させた。
ドリフトまで披露した。
そして最後に待っていたのは――。
掃除だった。
アレンは後部座席を一生懸命掃除する。
せっかく用意したサーキットも、二台の高性能車も、最後には関係ない。
アレンがやっていることは、ただの車内清掃だった。
自分の科学力を見せつけた結果、アレンは一番地味な仕事をすることになったのである。




