ドッペルの新しい使い方
アレンは悪さを思いついた。
いつものようにドッペルゲンガーに意識を移していたときだった。
今までは、自分が動いていると分かりやすいように、ドッペルゲンガーを自分の姿に似せていた。
しかし――。
「……別に俺の体に似せなくてもいいんじゃないか?」
ドッペルゲンガーなのだから、姿を変えること自体はできる。
わざわざ自分そっくりにする必要などない。
「だったら、他の人間になればいい」
アレンは少し考えた。
誰の姿がいいだろうか。
自分が普段からよく顔を合わせている人物。
町を歩いていても、誰も不思議に思わない人物。
「……アリスでいいか」
こうしてアレンは、早速ドッペルゲンガーの姿をアリスに変えた。
鏡を見る。
「……完璧だ」
そこにはアリスがいる。
顔も髪も、体格もそっくり。
ドッペルゲンガーの変身能力は、かなり優秀だった。
「これなら絶対にバレないだろ」
アレンは自信満々に町へ出た。
まず、クラリスを見つける。
アレンは何食わぬ顔で近づいた。
「こんにちは」
「こんにちは、アリスさん」
クラリスは普通に挨拶を返した。
「……」
アレンは内心で笑った。
バレてない。
やはり完璧だ。
次にフローラを見つける。
「こんにちは」
「こんにちは、アリス」
フローラも自然に挨拶を返した。
やはりバレていない。
「……これはいけるな」
アレンはさらに自信を深めた。
自分の姿ではない。
普段から接している相手の姿なら、誰もアレンだとは思わない。
これは使える。
そして次に向かったのは、エレナのところだった。
「こんにちは」
「こんにちは」
エレナが振り返る。
アレンは何も問題がないと思っていた。
だが――。
「……」
エレナが動きを止めた。
「どうしました?」
アレンが尋ねる。
エレナは、じっとアレンを見る。
顔ではない。
姿でもない。
何か別のものを感じ取っている。
「……魔の気配がしますね」
「……」
アレンの笑顔が固まった。
そうだった。
エレナは聖女だ。
見た目を誤魔化したところで、ドッペルゲンガーそのものから発せられる魔の気配まで消えるわけではない。
「かなり強いですね」
「そ、そうですか?」
「はい」
エレナが一歩近づく。
アレンは一歩下がる。
「これは……」
さらにエレナが近づく。
アレンはさらに下がる。
「……逃げろ」
アレンは小さく呟いた。
このままでは正体がバレる以前に、聖女に浄化されかねない。
「エレナ、またな!」
「あ、ちょっと――」
アレンは全力で逃げた。
「危なかった……」
姿を変えても、聖女には通用しない。
アレンは一つ学んだ。
「エレナには近づかないほうがいいな」
しかし、まだ諦めない。
次にリリアを見つける。
「こんにちは」
「こんにちは、アリス」
リリアも普通に返事をした。
「……」
バレていない。
アレンは満足した。
クラリスもバレなかった。
フローラもバレなかった。
リリアもバレない。
ならば、これはかなり成功している。
「やっぱりドッペルゲンガーは自分の姿にする必要ないな」
アレンは上機嫌になった。
これなら、これまでとは違う使い方ができる。
本人の代わりに町へ行くこともできる。
自分の姿では入りにくい場所にも行ける。
何より――。
悪さができる。
「これは面白いな」
そして最後に、セレスティアを見つけた。
アレンは何も疑われていないと思っていた。
今まで三人にバレなかった。
エレナには逃げただけなので、正体までバレたわけではない。
ならばセレスティアにも通用する。
アレンは自然な笑顔を作った。
「こんにちは」
「……」
セレスティアがアレンを見る。
「……」
セレスティアは何も言わない。
アレンも何も言わない。
数秒が過ぎる。
「……」
セレスティアの視線が、アレンの顔から下へ移る。
そして――。
「アリス」
「はい」
「チャックが開いてますよ」
「……」
アレンは自分の服を見た。
「……」
そして下を見る。
「……」
スカートだった。
「…………」
「…………」
アレンは固まった。
セレスティアも黙っている。
「……」
アレンは自分の格好を改めて確認する。
当然だ。
アリスの姿になった。
つまり、アリスの服装になっている。
だが、アレンにはそんなものを普段着る習慣などない。
当然、服装の扱いも分からない。
結果――。
アリスの姿を完全再現したドッペルゲンガーが、アレンの動きで歩き回っている。
しかも、服装に対する意識が完全にアレンのままだった。
「……アレンですわね?」
「……」
バレた。
「なぜ分かった?」
「なぜ分からないと思ったのですか?」
「いや、顔は完璧だろ」
「顔だけなら、ですわね」
セレスティアは呆れたようにアレンを見る。
「アリスなら、そんな歩き方はしませんわ」
「……」
「それに、先ほどから服装を気にしていませんでした」
「……」
「そして今、自分がスカートを履いていることに気づいたときの反応」
「……」
「アリスなら、そんな顔はしません」
アレンは黙った。
完全に見抜かれている。
「……見た目だけなら完璧だったのに」
「あなたは、見た目だけ完璧なら何とかなると思っていたのですか?」
「そうだ」
「そこからして間違っていますわ」
セレスティアがため息をつく。
「クラリスもフローラもリリアも気づかなかったぞ」
「それは本人たちが、まさかあなたがアリスの姿になって歩き回っているとは思っていないからでしょう」
「なるほど」
「納得しないでください」
アレンは少し考えた。
顔は完璧だった。
声も問題ない。
姿もそっくり。
それでも――。
「服装か……」
「そうです」
「盲点だったな」
「普通は盲点になりませんわ」
アレンはしばらくスカートを見下ろした。
そして、ようやく今回の作戦の敗因を理解した。
姿を変えれば別人になれる。
だが、中身まで変わるわけではない。
アレンはアレンのままだ。
「……次は気をつけるか」
「次があるのですか?」
「……」
セレスティアがじっとアレンを見る。
アレンは目を逸らした。
どうやら――。
今回の悪さも、完全には懲りていないらしい。




