聖女対策
アレンは困っていた。
ダンジョンの施設には、今や多くのドッペルゲンガーが働いている。
日本料理店の店員。
バーの給仕。
ホテルのスタッフ。
その他にも、ダンジョンランドの様々な施設で働いている。
アレンが一から人間を雇うよりも、ドッペルゲンガーを使ったほうが管理は楽だった。
何より、アレンの命令を正確に理解してくれる。
ダンジョンの運営において、ドッペルゲンガーは貴重なスタッフだった。
ところが――。
「またか……」
アレンは聖杯堂の様子を見ていた。
聖杯堂では、エレナが祈りを捧げている。
元聖女であるエレナにとって、祈りは日常の一部だ。
本人に悪意などまったくない。
むしろ静かに祈りを捧げているだけだ。
問題は、その聖なる力だった。
聖女の祈りによって、周囲に聖属性の力が広がっていく。
そして、その影響を受けたドッペルゲンガーが――。
「浄化されそうになるんだよな」
アレンは頭を抱えた。
ドッペルゲンガーにとっては、聖女の祈りが天敵だった。
そのため、エレナが聖杯堂で祈りを捧げる時間になると、近くで働いているドッペルゲンガーを避難させていた。
祈りが始まる。
ドッペルを移動させる。
祈りが終わる。
ドッペルを元の場所に戻す。
そして、次の祈りの日になる。
「……効率が悪すぎる」
施設を運営している側からすれば、たまったものではない。
従業員が出勤する。
仕事をする。
聖女が祈る。
全員避難。
祈りが終わる。
全員復帰。
何の仕事をしているのか分からなくなってくる。
「ドッペルに聖属性の対策装備をさせるか」
アレンは考えた。
聖属性そのものを無効化する必要はない。
祈りの影響を受けにくくできればいい。
そこで、聖属性への耐性を持つ装備を用意することにした。
「これなら避難させなくてもいいだろ」
ドッペルゲンガーたちに装備を与える。
実際に聖杯堂の近くで働かせてみる。
エレナが祈りを捧げる。
「……」
ドッペルゲンガーは何事もなかったように働いている。
「よし」
これで解決した。
エレナが祈るたびにスタッフを避難させる必要もない。
施設の営業を止める必要もない。
アレンは満足した。
だが――。
「……」
アレンはエレナを見た。
何度考えても、やはり釈然としない。
エレナに悪気がないことは分かっている。
祈りを捧げているだけなのだから、エレナを責めるわけにもいかない。
それでも、ドッペルゲンガーを避難させ続けた苦労を思い出すと、少しくらい仕返ししてもいいような気がしてきた。
「……そういえば」
アレンは思い出した。
エレナには苦手なものがある。
お化け屋敷だ。
「エレナ」
「はい?」
「ダンジョンランドに行かないか?」
「いいですよ」
エレナはあっさりと答えた。
特に疑っている様子はない。
アレンは心の中で笑った。
そして二人はダンジョンランドへ向かった。
「今日はどこへ行くんですか?」
「ちょっと遊びに行くだけだ」
「そうですか」
エレナは何も知らない。
アレンが向かっている場所も知らない。
そして到着したのは――。
「お化け屋敷ですか?」
「ああ」
エレナの表情がわずかに固まった。
「……」
「どうした?」
「いえ」
エレナは平静を装う。
「行きましょう」
聖女である。
魔物など恐れる必要はない。
強力な魔法も使える。
どんな敵が現れても、エレナなら簡単に対処できる。
だが、お化け屋敷は別だった。
扉が開く。
中は薄暗い。
足音だけが妙に響く。
壁には何かが動いたような影が見える。
「……」
エレナがアレンのすぐ隣を歩く。
「怖いのか?」
「怖くありません」
「そうか」
アレンは笑いをこらえた。
少し進んだところで、突然――。
物陰から人形が飛び出した。
「きゃっ!」
エレナが驚き、アレンの腕にしがみつく。
「……」
「……」
「今のは驚きました」
「そうだな」
アレンは何でもない顔をしている。
エレナは腕を離そうとした。
だが――。
遠くから、何かを引きずるような音が聞こえてくる。
「……」
エレナの手が止まった。
「行きましょう」
「そうだな」
二人で歩く。
音が近づいてくる。
そして、横の壁が突然開いた。
「ひっ!」
エレナが再びアレンにしがみついた。
今度はさっきより強い。
「……」
アレンは何も言わない。
エレナも何も言わない。
ただ、アレンの腕をしっかり掴んでいる。
「エレナ」
「はい」
「まだ怖くないのか?」
「……少し怖いだけです」
「そうか」
アレンは満足していた。
聖女の祈りでドッペルゲンガーが浄化されそうになっていた。
そのせいで、祈りの時間になるたびにスタッフを避難させていた。
その対策までさせられた。
ならば――。
このくらいの仕返しは許されるだろう。
また前方から音がする。
エレナがアレンの腕をさらに強く掴む。
「……」
アレンは笑いそうになるのを必死にこらえた。
やがて、お化け屋敷の出口が見えてきた。
「もうすぐですよ」
「本当ですか?」
「ああ」
エレナは少しだけ安心したようだった。
二人は出口から外へ出る。
明るい場所に戻った瞬間、エレナがようやくアレンから離れた。
「……終わりましたね」
「ああ」
「意外と怖かったです」
「そうだな」
アレンは満足そうに頷いた。
ドッペルゲンガーの聖属性対策もできた。
そして――。
「仕返しできたな」
アレンは小さく呟いた。
「何か言いましたか?」
「いや、何でもない」
アレンは笑った。
聖女には聖女の弱点がある。
そして、その弱点を知っているダンジョンマスターは――。
今日だけは、とても満足していた。




