日本食
アレンは町で食べ歩きをしていた。
ダンジョンの町には、今ではかなりの数の店が並んでいる。
最初の頃は、日本から取り寄せた食品ばかりだった。
料理そのものを作れる人間も少なく、食事といえば日本から仕入れたものを並べるか、簡単に焼いただけのものが中心だった。
しかし、今は違う。
このダンジョンに限っては、だいぶ食文化が育っている。
「お、タレが塗ってあるな」
アレンは屋台の串焼きを見ながら呟いた。
以前なら、ただ肉を焼いて串に刺しただけだった。
それが今では、焼きながらタレを塗っている。
香ばしい匂いが漂い、食欲を刺激する。
「少しずつ進歩してるな」
アレンは串を一本買って食べる。
「……うん。悪くない」
味そのものは、確実に以前より良くなっていた。
店主が試行錯誤しているのも分かる。
冒険者たちの好みを聞き、売れる味を探し、少しずつ料理を変えている。
ダンジョンの町にも、ちゃんと食文化が生まれている。
それを実感できるのは嬉しかった。
だが――。
「……やっぱり海外に来て屋台を楽しんでる気分になるな」
アレンは串を食べながら、そんなことを思った。
美味しい。
確かに美味しい。
けれど、何かが違う。
日本の調味料を持ち込めば、日本と同じ味になると思っていた。
だが、実際にはそう簡単ではなかった。
日本の調味料が全て受け入れられたわけではない。
こちらの人間にはこちらの好みがある。
日本の味をそのまま出しても、人気が出るとは限らない。
だから、この町で生まれた料理は、少しずつこの世界の味になっていた。
「……日本が恋しくなってきたな」
アレンはそう呟いた。
ダンジョンマスターになってから、かなり長い時間が経っている。
日本の料理も食べている。
日本の商品も取り寄せている。
それでも、町を歩いて、現地の料理を食べていると分かってしまう。
自分が欲しいのは、単に日本の調味料ではない。
日本の料理そのものだった。
「……作るか」
アレンは立ち上がった。
こうして、ダンジョンの一角に新しいエリアが作られることになった。
そこには、日本の料理店が集められた。
定食屋。
そば屋。
うどん屋。
寿司屋。
焼き鳥屋。
ラーメン屋。
日本で見慣れた料理が並ぶ。
そして、このエリアには一つだけ特別なルールがあった。
武器の帯同禁止。
冒険者であろうと、騎士であろうと関係ない。
このエリアに入るなら、武器を置いてくる。
戦う場所ではない。
ただ食事を楽しむための場所だ。
アレンにとっても、そのルールには大きな意味があった。
「これなら本体で来られるな」
アレンはマスタールームから本体で移動した。
いつものようにドッペルゲンガーを使う必要もない。
誰かに見つかることを警戒する必要もない。
武器を持った冒険者がうろつく町の中を、本体で歩き回るのは難しい。
だが、この場所なら話は別だ。
アレンは店に入り、席についた。
「生一つ」
しばらくして、ビールが運ばれてくる。
アレンはジョッキを手に取った。
「……これだよ」
そして、定食が運ばれてくる。
白いご飯。
味噌汁。
焼き魚。
小鉢。
漬物。
アレンは箸を手に取り、一口食べた。
「……うまい」
久しぶりに食べる日本の定食だった。
ビールを一口飲み、また料理を食べる。
それだけなのに、妙に落ち着く。
「やっぱり日本食はいいな」
アレンは満足そうに食事を続けた。
店内には、他にも客がいる。
冒険者もいる。
商人もいる。
町で働く人間もいる。
しかし、誰もアレンを気にしていない。
ただの客として、食事をしている男にしか見えない。
まさか、この男がこの町を作ったダンジョンマスターだとは誰も思わないだろう。
アレン自身も、久しぶりにただの客として食事を楽しんでいた。
「……ここ、気に入ったな」
アレンはビールを飲みながら、静かにそう呟いた。




