通勤時間0分
「アレン、魔を感じるって言われてたけど、やっぱり人間辞めちゃった?」
先ほどのお茶会で、エレナが執事姿のアレンから魔を感じると言っていた。
アリスはそのことが気になっていた。
アレンは以前から普通の人間とは思えないことばかりしている。
ダンジョンマスターになっている時点で十分普通ではないのだが、それでも元々は人間だったはずだ。
ところが、エレナほどの人物に「魔を感じる」と言われると、別の可能性まで考えてしまう。
「やっぱり人間辞めちゃった?」
「いや、あれ本体じゃないからな」
「えっ?」
アリスの思考が止まった。
「あれ、本体じゃないの?」
「気づかなかった?」
「気づかなかった」
アレンは当然のことのように言う。
「ドッペルが化けてるだけだから」
「……」
アリスは、さっきまで給仕をしていたアレンの姿を思い出す。
普通に会話していた。
普通に歩いていた。
普通にお茶を運んでいた。
そして、エレナに魔を感じると言われていた。
「違いがわからない」
「ドッペルに意識を繋げて動かしてるからそうだろうな」
「それって、もう本人が動いてるのと変わらないじゃない」
「まあ、そうだな」
アレンにとっては、それで何も問題ないらしい。
ドッペルがアレンの姿になり、アレンの意識で動いている。
本人がそこにいるのと変わらない。
だが、アリスには一つ疑問が残った。
「じゃあ本体は?」
「マスタールームから一度も出たことないよ」
「……」
アリスは黙った。
今までアレンがダンジョンの中を歩き回っている姿を何度も見てきた。
それなのに、本体はずっとマスタールームにいる。
「究極の引きこもりいたー!」
アリスが叫ぶ。
「世の中リモートの時代だ」
アレンは平然と反論する。
「リモートは効率悪いの証明されて廃止されつつあるよ」
「通勤大変だからな」
アレンがもっともらしく頷く。
通勤には時間がかかる。
満員の乗り物に乗ったり、長い距離を移動したりしなければならない。
それなら、家で仕事をしたほうが楽だ。
アリスもそこは理解できる。
「分かるわ」
アリスは頷いた。
通勤時間がなくなれば、その分だけ自由な時間が増える。
それは確かに大きい。
だが――。
「……いや」
アリスは何かに気づいた。
「待って」
「なんだ?」
「通勤時間0分のお前が何言ってんだ」
「……」
アレンが黙る。
マスタールームから一度も出たことがない。
外で仕事をするときはドッペルが化けている。
つまりアレン本人の通勤時間は――。
当然、0分だった。
アリスは呆れた顔でアレンを見る。
リモートワークどころか、職場から一歩も出ない。
アレンは、いつの間にかリモートワークのさらに先へ到達していた。




