世界三大美人
70階層のヒュドラを倒したあとも、前聖女とリリアは先へ進んだ。
しかし、リリアの中では、すでに戦うことよりも別の問題が大きくなっていた。
逃げ出したかった。
今いる場所には、SSランクのモンスターが徘徊している。
普通なら、それだけで十分に恐ろしい。
しかし今のリリアにとっては、そのモンスターたちよりも恐ろしい存在が目の前にいる。
前聖女だった。
リリアはこれまで、数多くの強者を見てきた。
今の勇者パーティーとも戦闘を共にした。
これ以上ないほどのパーティーを知っている。
だから、自分は強者というものを知っているつもりだった。
強い相手を見ても、どう戦えばいいのか。
どこまでなら通用するのか。
そういう判断はできると思っていた。
だが――。
前聖女だけは違った。
61階層から、ほとんど戦闘をしていない。
Sランクモンスターが襲いかかってきても、結界を張って無視する。
70階層ではヒュドラの毒を浄化し、結界を張り、杖で殴りつけた。
そして、それをまるで散歩でもするかのようにやっている。
リリアは、初めて人を怖いと思った。
前聖女を視界に収めているだけで、身体に震えがくる。
近くにいる。
それだけで怖い。
しかし、そんなリリアのことなど気にする様子もなく、前聖女は先へ進んでいく。
リリアも必死についていく。
だが、少しでも遅れると――。
「リリアさん、遅れてますよ」
「すいません」
反射的に謝っていた。
逆らってはだめだ。
頭で考えるより先に、本能がそう叫んでいる。
リリアは自分でも驚いていた。
今まで、強者を前にしてここまで身体が恐怖を訴えたことなどなかった。
それなのに、前聖女の前では違う。
この人には逆らってはいけない。
理由など分からない。
ただ、本能がそう告げている。
そして二人は、さらに深い階層へ進んでいった。
SSランクのモンスターが徘徊する階層。
そこを、前聖女は散歩するように歩いていく。
モンスターが現れても、必要がなければ戦わない。
邪魔なら結界で防ぐ。
それだけだ。
リリアは後ろをついていく。
その姿を見ながら、改めて思った。
今の勇者パーティーですら、一日一階層進むのがやっとだった。
それほどまでに、この先の階層は厳しい。
なのに――。
前聖女は、まるで散歩をしている。
歩く。
休む。
歩く。
また歩く。
ただ、それだけ。
「……」
リリアは無言になる。
そして、ある結論にたどり着いた。
絶対、私いらなかった。
70階層でインフェルノを撃った。
それ以外に、自分が必要だった場面があっただろうか。
そう考えると、何も思いつかなかった。
それでもリリアは、前聖女の後ろを歩き続けた。
そして――。
ついに79階層へ到着した。
前聖女が周囲を見回す。
そこには、かつて勇者として戦っていた男がいる。
前聖女はその姿を見つけると、声をかけた。
「お久しぶりです」
「何しに来たんだ」
前勇者は少し驚いたように尋ねる。
「せっかく来たので顔を出しておこうかと」
「それだけのために?」
「はい」
リリアは二人の会話を聞いていた。
そして思う。
それだけのために79階層を目指す。
この階層まで来ること自体が、普通の冒険者にとっては命懸けだ。
今の勇者パーティーですら、一日一階層がやっとだった。
それなのに、この人は――。
顔を出す。
ただそれだけのために、ここまで来た。
異次元だ。
前勇者は少し考えると、前聖女へ声をかける。
「ダンジョンに住まないか」
「え?」
「ダンジョンマスターがお前の家を用意するって言ってたぞ」
前聖女が少し驚く。
「ここには俺も勝てない存在がいて楽しいぞ」
前勇者はそう言って、79階層の奥を指した。
ここには、彼ですら勝てない存在がいる。
だからこそ、面白い。
前聖女は少し考える。
「考えておきます」
「いつでも遊びに来いよ」
そうして、前聖女は79階層を後にした。
そして後日――。
前聖女は、リリアの屋敷の隣に建てられた屋敷へ引っ越すことになった。
その屋敷を作ったのはアレンだった。
ダンジョンに住むという話を考えていたアレンは、前聖女のために住居を用意した。
こうして、前聖女はリリアの屋敷の隣に住むことになった。
そして、その報告を聞いたアレンは満足そうに頷いた。
これで――。
世界三大美人、コンプリート。
アレンは一人、満足していた。




