前聖女
前勇者がアレンのダンジョンの79階層にいる。
その話を知った前聖女は、アレンのダンジョンを訪れていた。
以前なら、聖女がわざわざこのダンジョンまで足を運ぶ必要はなかった。
しかし、今では状況が大きく変わっている。
ダンジョン間を移動できるようになり、世界中の冒険者や商人が集まるようになった。
その価値は以前とは比べものにならないほど高まっている。
国でも、このダンジョンに聖女を一人派遣することが検討されていた。
前聖女は、その候補地を実際に見に来たのだ。
そして――。
せっかく来たのだから、前勇者にも会いたい。
それが、もう一つの目的になっていた。
前勇者とは、かつて共に戦った仲間だ。
引退した今でも、会いたいと思う気持ちは残っている。
しかし問題が一つあった。
前勇者がいるのは79階層。
そこまで行くには、当然ながら深層を攻略しなければならない。
前聖女一人では、79階層までたどり着くことはできない。
そこで、前聖女はリリアを頼ることにした。
「リリア様、力を貸して頂けないでしょうか?」
「私と二人ですか?」
「たぶんいけます」
前聖女は迷いなく答えた。
「自信が凄いわね」
リリアが少し驚く。
79階層まで行く。
しかも二人。
普通なら簡単に言えることではない。
「ケロベロスは一度倒した相手です」
リリアは以前、60階層のケルベロスを倒している。
だからこそ、自分の力に自信があった。
「今はヒュドラだよ」
「強敵ですね」
「強敵ですむのですね」
前聖女が少し目を見開く。
「普通の冒険者なら絶望ですよ」
「そうなのですか?」
「そうですよ」
リリアは即答した。
ヒュドラは、ケルベロスとはまた違う強敵だ。
普通の冒険者なら、二人で挑もうなどとは考えない。
戦力を集め、それでも勝てるかどうかを慎重に考える相手だ。
「でも、私の聖魔法とあなたの火魔法は相性がいいですよ」
前聖女は、それでも自信を失わなかった。
聖魔法と火魔法。
二人の得意とする魔法は、決して悪い組み合わせではない。
前聖女が聖魔法で支援し、リリアが火魔法で攻撃する。
それなら、ヒュドラを相手にしても戦える。
「確かにそうですね」
リリアも納得する。
自分一人で戦うわけではない。
前聖女がいるなら、話は変わってくる。
「私が勇者様に貰ったカードは、到達した人しか乗せれませんの」
リリアは79階層へ向かうためのカードを持っている。
前勇者から貰ったものだ。
だが、そのカードには条件がある。
誰でも79階層へ行けるわけではない。
その階層に到達した者しか、そのカードを使うことができないのだ。
「もう一度60階層から攻略しましょう」
「分かりました」
前聖女も頷いた。
近道はできない。
ならば、正面から攻略するしかない。
60階層から79階層まで。
二人で進めばいい。
「そういえば」
リリアがふと思い出したように尋ねる。
「あなたの冒険者ランクは?」
「してません」
「……」
リリアの動きが止まった。
「してません?」
「はい」
前聖女は何でもないことのように答える。
「冒険者登録をしていないのですか?」
「はい」
リリアは前聖女を見る。
つい先ほどまで、二人でヒュドラを倒せるかという話をしていた。
聖魔法と火魔法の相性についても話した。
70階層から79階層まで攻略する予定まで決まった。
なのに――。
冒険者ではない。
「……聖女様」
「はい?」
「79階層まで行く以前に、やることがありますね」
「そうですね」
前聖女は素直に頷いた。
「まず冒険者登録からですね」
「そうなりますね」
聖女としての力には自信がある。
かつて勇者と共に戦った経験もある。
ヒュドラを相手にしても、リリアとの連携なら勝機はあると思っている。
だが、冒険者としてのランクは――ない。
「これ、冒険者登録したら何ランクになるのかしら?」
「聖女だからって最初から高ランクにはならないと思いますよ」
「そうなのですか?」
「冒険者ランクは実績ですから」
「なるほど」
前聖女は少し考える。
そして、リリアを見る。
「では、登録してから70階層へ行きましょう」
「そうですね」
二人の目的は決まった。
前勇者に会う。
そのために、60階層から79階層まで攻略する。
そして、その第一歩は――。
聖女としての仕事でも、ヒュドラとの戦闘でもなく。
冒険者登録だった。




