安心設計
「お前、冒険者のことがまるでわかってないから冒険者してこいよ」
アレンにそう言われたアリスは、思わず顔をしかめた。
「戦えるわけないでしょ」
「俺のダンジョンは死者を出さないのが自慢なんだ」
「それでも戦えないものは戦えないわよ」
アリスは自分が冒険者になっている姿を想像してみる。
剣を持ってモンスターと戦う。
魔法を撃つ。
強敵と遭遇したら必死に逃げる。
そして、最悪の場合は――。
「冒険者が気絶したらどうするのよ」
「モンスターがセーフティーゾーンまで運ぶ」
「おかしいでしょ」
「気絶してるから分からない」
「そういう問題じゃないでしょ……」
アリスは頭を抱えた。
普通なら、冒険者がダンジョンで気絶したら大変なことになる。
仲間がいれば助けてもらえるかもしれない。
だが、一人だった場合はそのままモンスターに襲われる可能性がある。
ところがアレンのダンジョンでは、モンスターのほうが冒険者を助けてくれるらしい。
しかも、本人が気絶している間に安全な場所まで運んでくれる。
「……本当に死者を出さないことだけは徹底してるのね」
「当然だろ」
アレンは何でもないことのように答える。
「じゃあ、冒険者がモンスターから逃げ出したらどうしてるの?」
「追いつかない速度で追いかけるぞ」
「おかしいでしょ」
「逃げ切れるようにしてるんだぞ」
「そこまで安全設計なの!?」
アリスは思わず声を上げた。
よく考えてみれば、それもアレンらしい設計だった。
冒険者がモンスターと戦うことを選ぶなら、そのまま戦わせる。
だが、勝てないと思って逃げるなら、逃げ切れるようにする。
モンスターは追いかけてくる。
しかし、冒険者を捕まえるためではない。
ちゃんと逃げ切れる速度で追いかけてくるのだ。
「なんでモンスターが冒険者に合わせてくれるのよ……」
「逃げ切れないと困るだろ」
「普通は逃げ切れるかどうかも冒険者の実力でしょ!」
「でも逃げ切れなくて死んだら困るじゃないか」
「そこまで考えてモンスターの速度を設定してるの!?」
「死者を出したくないからな」
アレンは本気だった。
アリスはそれ以上何も言えなくなった。
冒険者が安全に戦えるようにする。
危なくなったら逃げられる。
逃げてもモンスターは追ってくる。
それでも逃げ切れる。
気絶してしまえば、モンスターがセーフティーゾーンまで運んでくれる。
そして――。
「じゃあ罠は?」
「殺傷能力ないやつしか無いな」
「……」
アリスは黙り込んだ。
「それ、ダンジョンとして成立してるの?」
「してるだろ」
「いや、してるんだけど……」
アリスは周囲を見回す。
モンスターがいる。
罠もある。
階層もある。
冒険者は普通に攻略している。
だからダンジョンではある。
ただし、その裏側にある仕組みを聞いてしまうと、どうにも納得できない。
冒険者が死なないように、モンスターの強さが調整される。
逃げるなら、ちゃんと逃げ切れる。
気絶したら安全な場所まで運ばれる。
罠にも殺傷能力がない。
「……」
アリスはしばらく考えた。
自分は冒険者のことを知らない。
だから冒険者をやってみろ、とアレンは言った。
それ自体は分かる。
実際に冒険者になれば、冒険者が何を考えて行動しているのか分かるかもしれない。
だが、そのためにアレンのダンジョンを使うのは――。
「どう考えてもあなたのダンジョンが一番おかしいわ」
結局、アリスはそう結論づけた。
「そうか?」
「そうよ」
アレンは不思議そうな顔をしている。
アリスにとっては、そこが一番おかしかった。
アレン本人には、自分のダンジョンが普通ではないという自覚がほとんどない。
死者を出さない。
それを当たり前のように実現するため、モンスターの速度まで調整する。
冒険者が逃げ切れるようにする。
そんなダンジョンを基準にしてしまえば、冒険者の常識が分からなくなるのも当然だった。
「……私、冒険者を知るために冒険者になろうと思ったのよね」
「そうだな」
「でも、その前にアレンのダンジョンで冒険者を知ろうとするのが間違いだった気がする」
「なんでだ?」
「そこから説明しないといけない時点で、もう駄目なのよ」
「よく分からんな」
アレンは首を傾げる。
アリスは深いため息をついた。
冒険者を知るために冒険者になる。
その発想自体は間違っていない。
ただ――。
アリスが最初に知らなければならなかったのは、冒険者のことではなく。
アレンのダンジョンが、世間一般のダンジョンとはかなり違うということだった。




