アリスの前世
マスタールームでアレンがダンジョンの管理をしていると、アリスがやってきた。
いつものように、何か考えている顔をしている。
「アレン」
「どうした」
「新しいダンジョンを運営してみたいんだけど」
アレンは手を止めた。
そして、アリスを見る。
その顔には、嫌な予感があった。
「フルーツダンジョンはどうした」
「うぐっ」
アリスが固まった。
痛いところを突かれたらしい。
アリスのダンジョンは、当初の予定とは大きく違う方向へ進んでいた。
女性冒険者を増やすために果物をドロップさせた。
りんご、みかん、梨、苺、スイカ、メロン。
女性冒険者は確かに増えた。
しかし、冒険者の八割は男性だった。
結果として、ダンジョンを訪れる冒険者の総数はほとんど増えていない。
それどころか、冒険者たちからは「フルーツダンジョン」と呼ばれるようになってしまった。
「……」
アリスは何も言えない。
「フルーツダンジョン、気に入ってたんじゃないのか?」
「違うのよ」
「じゃあ何だ?」
「……もっと大きくしたかったの」
「それで果物になったのか」
「結果的にそうなっただけよ」
「結果がすべてだろ」
アリスは言い返せずに黙った。
しばらくして、何かを思いついたように顔を上げる。
「チーズケーキ」
「なんだそれは」
「好きな食べ物言ったら元気でるんだよ」
「なんだそりゃ」
アレンにはまったく意味が分からない。
突然チーズケーキと言われても、ダンジョンの話とどう繋がるのかさっぱり分からない。
しかし、アリスにとっては重要な言葉らしい。
「チーズケーキ」
「二回言う必要あるのか?」
「元気が出るの」
「本当に出てるのか?」
「出た」
アリスは何事もなかったかのように立ち直った。
「便利だな、お前」
「でしょ?」
「褒めてない」
アリスは気を取り直す。
そして、今度こそという表情でアレンを見る。
「新しいダンジョンで今度こそうまくやるもん」
「お前凄いネタぶっ込んでくるな」
「何が?」
「その一連の流れだよ」
アレンは呆れたように言う。
「たぶん読者の九割分からんぞ」
「別にいいじゃない。分かる人だけ分かれば」
「まあ、そうだけどな」
アレンはアリスを見る。
異世界に来てからも、前世の趣味を妙なところで引きずっている。
しかも、それを本人はまったく気にしていない。
「お前の前世の趣味はギャルゲーと乙女ゲームかよ」
「腐ってないだけましでしょ」
「基準がおかしいだろ」
アレンは即座に突っ込んだ。
「なんでそこで腐ってるかどうかが基準なんだよ」
「重要でしょ」
「知らん」
「じゃあ、アレンは前世で何が好きだったのよ」
「俺か?」
アレンは少し考える。
「普通だよ」
「普通って何よ」
「ゲームとか漫画とか」
「それ私と同じじゃない」
「お前とは方向性が違う」
「どう違うのよ」
「知らん」
二人の間に微妙な沈黙が流れる。
アレンはふと、以前の話を思い出した。
神について話していたときのことだ。
宇宙とは何か。
神とは何か。
星を作ることが神の領域。
そんな話までしていた。
そしてアレンは、ある言葉を思い出す。
「神イコール宇宙はノスタルジアかよ」
「そこまで分かるの!?」
今度はアリスが本気で驚いた。
「お前のネタ、たまに古すぎるんだよ」
「失礼ね。名作はいつまで経っても名作なのよ」
「いや、俺にまで伝わると思うなよ」
「伝わってるじゃない」
「たまたまだ」
アリスは満足そうに笑った。
どうやら、自分の前世ネタが通じたことが嬉しいらしい。
だが、アレンにはそれ以上に気になることがある。
「で、新しいダンジョンでは何をするんだ?」
「それはこれから考えるの」
「まだ考えてないのか」
「今度こそ成功するから大丈夫」
「その自信はどこから来るんだ」
「前回の経験があるからよ」
「前回の経験を踏まえたら、むしろ慎重になるところだろ」
アリスは少し考える。
「……でも、女性冒険者は増えたわよ」
「そこだけ見ればな」
「だから次は、男性冒険者も増やすの」
「何をドロップさせるつもりだ?」
「それを今から考えるのよ」
「嫌な予感しかしないな」
アリスは気にせず、新しいダンジョンについて考え始める。
フルーツダンジョンを生み出した女が、今度は新しいダンジョンを運営する。
アレンは、その結果を想像してみた。
そして――。
やっぱり、まともなダンジョンになる気がしなかった。




