庶民の気持ち
アリスは、アレンから子ダンジョンを一つ運営することを任されていた。
任された当初は、ダンジョンの管理など本当にできるのかと思っていた。
しかし、実際にやってみれば、やることは意外と多いものの、少しずつ慣れてきた。
冒険者がやって来る。
店が営業する。
魔物が配置される。
収入と支出を確認し、ダンジョンを維持する。
それなりに順調ではあった。
ただ、アリスには一つ不満があった。
「ねえアレン」
「何だ?」
アリスがマスタールームにやって来る。
いつものような雑談ではない。
どうやら相談があるらしい。
「私のダンジョンを大きくしたいんだけど」
「すればいいじゃないか」
アレンはあっさり答えた。
まるで「好きにすればいい」とでも言うような返事だった。
「それができないのよ」
「何でだ?」
「黒字何だけど僅かだから次の階層も作れないのよ」
アリスのダンジョンは赤字ではない。
そこは重要だった。
ちゃんと利益は出ている。
しかし、その利益が大きいわけではない。
ダンジョンを維持するだけなら問題ない。
新しい階層を作るとなると、話は別だった。
「工夫しろ」
アレンは短く言った。
「工夫しろって簡単に言うけど」
アリスは少し不満そうな顔をする。
「あんたのダンジョンに冒険者奪われてるからなんだけど」
「俺のダンジョンなんだから仕方ないだろ」
「仕方なくないわよ」
アリスは即座に反論する。
「私のダンジョンに来てた冒険者が、あんたのダンジョンに行っちゃってるのよ」
「便利な方に行くのは当然だろ」
「だから困ってるのよ」
アレンのダンジョンには、冒険者が集まる理由がいくらでもある。
交通の便利さ。
店。
施設。
他のダンジョンとの接続。
そして、世界中から冒険者が集まる規模。
それと同じものを小さな子ダンジョンで再現するのは難しい。
「セレスティアはBランクダンジョンに成長させて見せたぞ」
アレンが別の例を出す。
「凄いわね」
アリスもそこは素直に認める。
セレスティアのダンジョンは、すでにBランクにまで成長している。
「軍隊を常駐させたり冒険者制度の変更とか色々やってたぞ」
「それ真似できないやつ」
アリスは即答した。
「王族だからできることじゃない」
「そうだな」
「私には軍隊を常駐させる権限なんてないし、冒険者制度を変えることもできないわよ」
「じゃあ別の方法を考えろ」
アレンは特に助言する様子もなく言った。
アリスは再び考え込む。
「ドロップアイテムとか工夫してみろよ」
「ドロップアイテム?」
「そこでしか出ないような」
アリスが顔を上げる。
「……」
しばらく考える。
そして――。
「それだわ」
「何がだ?」
「それなら、私のダンジョンに来る理由を作れるじゃない」
アリスは少しずつ考えをまとめていく。
そこでしか手に入らないもの。
他では手に入らないもの。
それなら、自分のダンジョンを選んでもらえるかもしれない。
「何をドロップさせるか楽しみだ」
アリスの顔が明るくなる。
「庶民の力みせてみろ」
「庶民の気持ちはあなたより分かるわ」
アレンはアリスを見る。
アリスは元の世界では普通の生活をしていた。
貴族でもない。
王族でもない。
いわゆる庶民だ。
ならば、庶民が欲しがるものを考えさせればいい。
「期待してるぞ」
「任せなさい」
アリスは自信満々に答えた。
それからアリスは、自分のダンジョンで何をドロップさせるかを考え始めた。
冒険者が欲しがるもの。
珍しいもの。
このダンジョンに来なければ手に入らないもの。
色々と考えた末――。
アリスが設定したドロップアイテムは、
チーズケーキ。
シュークリーム。
アイスクリーム。
だった。
どれも、この世界では珍しい食べ物だ。
アリスとしては完璧な選択だった。
そして、そのドロップアイテムが設定された。
アリスは期待した。
これで自分のダンジョンに冒険者が増える。
そう思っていた。
しかし――。
冒険者は勿論増えなかった。
「……」
「……」
アリスとアレンの間に、妙な沈黙が流れる。
アレンがアリスを見る。
「お前が食べたいだけだろう」
「違うわよ」
「チーズケーキ」
「好きだけど」
「シュークリーム」
「好きだけど」
「アイスクリーム」
「大好きだけど」
「全部お前の好きなものじゃないか」
「庶民の気持ちを考えた結果よ!」
アリスは最後まで、自分の選択が間違っているとは認めなかった。
こうしてアリスのダンジョンには、冒険者を増やすための新しいドロップアイテムが誕生した。
そして――。
アリスのダンジョンは、冒険者の数ではなく、アリスが食べたいものだけが充実していった。




