鉄板ネタ
アリスは町の中を歩きながら、必死に考えていた。
どうすれば、ダンジョンマスターに自分が日本人だと伝えられるだろうか。
普通に話しかけても駄目だ。
この世界の言葉しか知らない人間が、日本語を話せるはずがない。
日本人なら分かる。
異世界人には分からない。
そして、ダンジョンマスターなら必ず反応する。
そんなものはないだろうか。
「……あ」
アリスは突然、足を止めた。
「あるじゃない」
思いついた。
日本人なら、かなりの確率で食いつく。
しかも、この世界の人間には何のことか分からない。
「これならいける」
アリスはすぐに紙と板を用意した。
そして、周囲の人間には絶対に意味が分からないよう、日本語で文字を書いていく。
大きく、目立つように。
完成したプラカードを見て、アリスは満足そうに頷いた。
『私はきのこ派です』
そして、その下に、
『あなたは?』
と書いた。
「鉄板よ」
アリスには確信があった。
日本人なら、この文字を見た瞬間に何の話か分かる。
そして、無視できない。
少なくとも自分なら絶対に気になる。
「これを見て何も思わない日本人なんていないわ」
問題は、どうやってダンジョンマスターの目に入れるか。
アリスは町の中でも特に人通りの多い交差点を選んだ。
ここならダンジョンマスターが町の様子を見ているなら、目に入る可能性も高い。
アリスは交差点の目立つ場所に立つ。
そして、プラカードを掲げた。
「…………」
しばらくすると、通行人がアリスを見始めた。
「何をしているんだ?」
「さあ……」
「あの板に何か書いてあるぞ」
「見たことのない文字だな」
「文字なのか?」
アリスは内心でニヤリとする。
そう。
それでいい。
あなたたちには読めなくていい。
この文字を読める人間だけが反応してくれればいいのだから。
しばらくすると、一人の男が興味深そうに近づいてきた。
「ちょっと見せてくれ」
男はプラカードを覗き込む。
「……何だ、これは?」
首を傾げる。
文字を一つずつ眺める。
しかし、当然読めない。
「分からんな」
そして去っていった。
「……」
アリスは笑顔のまま見送った。
大丈夫。
まだ始まったばかりだ。
ダンジョンマスターは、この町を見ている。
そう信じている。
次の人間が立ち止まる。
その次も立ち止まる。
だが、誰も読めない。
珍しい文字を見て興味を持つだけ。
アリスの作戦そのものに反応する者はいない。
一時間が過ぎた。
「……」
二時間が過ぎた。
「…………」
アリスはだんだん無表情になっていった。
「本当に見てるの?」
ダンジョンマスターが、この町のどこかから自分を見ている。
そう考えていた。
だが、二時間経っても何も起こらない。
さすがに不安になってくる。
「そもそも、ダンジョンマスターってダンジョンの中を全部見てるのよね?」
もしかすると、自分が思っているほど細かく見ていないのかもしれない。
町が広すぎるのだ。
毎日何千人、何万人という人間が行き交っている。
その全員を監視しているわけではないのかもしれない。
「……失敗だったかな」
アリスはプラカードを下ろした。
せっかくの夏休みだ。
わざわざダンジョンまで来て、二時間も交差点に立ち続けた。
それで何も分からない。
「もう帰ろうかな……」
そう思った時だった。
「……ん?」
足元に、紙が落ちている。
誰かが落としたのだろうか。
アリスは何気なく拾い上げた。
そして――。
「……え?」
目を見開いた。
そこには、日本語が書かれていた。
『たけのこ派』
「…………」
アリスは固まった。
何度も紙を見る。
そして、プラカードを見る。
もう一度、紙を見る。
「……日本語」
間違いない。
自分の文字と同じ。
つまり――。
「読める人がいた……!」
アリスの胸が高鳴った。
いた。
この世界に、日本語を読める人間がいる。
しかも、ただ読んだだけではない。
ちゃんと内容を理解して、返事までしている。
「やっぱりいるんじゃない!」
アリスは周囲を見回した。
今、この紙を置いた人間はどこにいる?
人混みの中に、それらしい人物はいない。
「どこ?」
辺りを見回す。
だが、誰もこちらを見ていない。
「ダンジョンマスター?」
もしかすると、これが返事なのではないか。
そう思った。
ダンジョンマスターが自分のプラカードを見つけた。
日本語を読んだ。
そして、自分も日本人だと伝えるために、こっそり返事を置いた。
「……そういうこと?」
アリスの期待が膨らむ。
もしそうなら、作戦は大成功だ。
ダンジョンマスターは自分に気づいた。
自分が日本人だと分かった。
そして返事までしてくれた。
「じゃあ、どこにいるの?」
辺りを見回す。
しかし、ダンジョンマスターらしき人物はいない。
「…………」
アリスはもう一度、紙を見る。
『たけのこ派』
「…………」
しばらく沈黙する。
「そんなことが知りたいんじゃないわ!」
思わず叫んだ。
近くを歩いていた人がびくっとする。
アリスは慌てて口を閉じた。
「……違う」
そうではない。
自分が知りたかったのは、ダンジョンマスターがどこにいるのかだ。
自分が日本人だと伝えたかった。
会うための手掛かりが欲しかった。
それなのに。
「たけのこ派って……」
二時間も待った。
せっかくの夏休み。
このダンジョンに来た貴重な時間。
その結果がこれである。
「時間と貴重な機会を無駄にした……」
アリスは肩を落とした。
ただ、一つだけ大きな収穫はあった。
このダンジョンには、日本語を理解できる人間がいる。
それは間違いない。
「……ダンジョンマスターじゃない可能性もあるけど」
この世界に日本人が転生している。
それだけでも大きな情報だ。
そして、もう一つ。
アリスは手元の紙を見つめる。
「たけのこ派……」
誰が書いたのかは分からない。
だが、この一言だけは妙に腹が立つ。
「せめて、どこにいるかくらい書きなさいよ」
アリスは紙を折りたたんでポケットに入れた。
そして、プラカードをもう一度見る。
「……次はもっと直接的な方法を考えよう」
アリスのダンジョンマスター捜索は、まだ終わらなかった。




