移動時間
「アレン、帰ってきたわ」
マスタールームに戻ってきたアレンを見て、セレスティアが声をかける。
「おかえり」
「クラリスの領地とリリアの領地に行かせた意味は分かったか?」
「ええ。あなたに貰った車で一日の移動距離が延びていたから、クラリスやリリアほどは衝撃を受けなかったけど、それでも凄いわね」
セレスティアは、二人の領地へ向かったことで改めて実感していた。
領地と領地の間には、想像以上の距離がある。
馬車で移動するなら、それだけで何日もかかる。
しかも、道の状態や天候によって移動時間は大きく変わる。
だが、車ならその距離を一気に縮められる。
「俺がいた国では、一日で行けない地域なんて無かったからな」
「……一日で?」
「ああ」
セレスティアは少し考える。
この世界では、国の端から端まで移動するだけでも大仕事だ。
それを一日で行けるという感覚そのものが、セレスティアには想像しにくい。
「ダンジョンを繋ぐ発想はそこから?」
「俺のいた世界にはダンジョンも魔法もない」
「え?」
セレスティアが目を丸くする。
「ダンジョンもないの?」
「ない」
「魔法も?」
「ない」
「……では、どうやってそんなに早く移動していたの?」
「技術だな」
アレンはそう答えた。
「俺のいた世界では、技術がこの世界では考えられないほど発達していた」
セレスティアは車を思い浮かべる。
アレンから貰った車でさえ、この世界では革命的な乗り物だ。
それ以上の技術が存在していたという。
「ダンジョンを使わず、早く移動する方法があるの?」
「ああ」
「それは?」
「お前が持っている車の性能は、意図的に落としてある」
「……え?」
「五倍は速度が出る」
「五倍!?」
セレスティアの声がマスタールームに響いた。
「ちょっと待って。今の速度でも十分速いのよ?」
「分かってる」
「それが五倍?」
「ああ」
「どうしてそんな制限をしてるの?」
「道と運転手の両方が揃わないと危険だからだ」
アレンは淡々と答える。
「馬で落馬したら危険だろ」
「ええ」
「車はそれより速い」
「……なるほど」
セレスティアは、車の速度だけではなく、その速度を受け止める側の問題に気づいた。
車を速くするだけでは駄目なのだ。
道が必要になる。
運転する人間にも技術が必要になる。
事故が起きたときの対策も必要になる。
「俺が可能性を見せたんだ」
アレンはセレスティアを見る。
「これから高速化の時代がくる」
セレスティアは黙ってアレンの言葉を聞いていた。
車が速くなる。
それだけの話ではない。
人の移動が変われば、商売が変わる。
町と町の距離の意味も変わる。
領地同士の関係さえ変わっていく。
そして、それをさらに極端にしたものが――ダンジョン間を繋ぐという発想なのだろう。
「安全対策はしっかりしろよ」
「……分かったわ」
セレスティアは頷いた。
アレンが見せたのは、単なる便利な乗り物ではない。
この世界の「距離」という概念そのものを変える可能性だった。




