ダンジョンへの帰還
王城での話し合いを終え、セレスティアとクラリスはダンジョンへ戻るため、ロールスロイスに乗り込んだ。
王城を出てしばらくすると、クラリスは窓の外を眺めながら小さく息を吐いた。
「……疲れました」
「でしょうね」
セレスティアは苦笑する。
「王族や貴族が集まる話し合いですもの。気を抜ける時間なんてありませんでしたわ」
「セレスティア様は慣れているように見えました」
「慣れているだけですわ。疲れないわけではありません」
「そうなんですか?」
「私を何だと思っていますの?」
セレスティアが少し不満そうに言う。
「何でも平気な顔をして片付けてしまう人です」
「……褒めているのか、呆れているのか分かりませんわね」
クラリスが笑う。
王城にいる間は、国のことばかり考えていた。
クラリスの国と王国の関係。
もしもの時の援軍。
実際に軍を動かすとなれば、距離だけではなく、食料や街道、集結場所など、考えることは多い。
そして、そのことをクラリス自身も考えなければならない。
「私も、もっと勉強しないといけませんね」
クラリスがぽつりと言った。
「そうですわね」
セレスティアは否定しなかった。
「ですが、急ぐ必要はありませんわ。知らないことを一つずつ覚えていけばいいのです」
「セレスティア様も、そうやって覚えてきたんですか?」
「もちろんですわ」
少し間を置いて、セレスティアは続ける。
「……まあ、私の場合はアレンに色々と知らないことを突きつけられましたけれど」
「アレン様に?」
「ええ」
セレスティアは苦笑した。
「こちらの常識では考えられない話ばかりですもの」
「確かに……」
クラリスも思い当たることが多かった。
ダンジョンの中に町がある。
冒険者だけではなく商人や一般の人々まで暮らしている。
さらには遊園地のような施設まで存在している。
初めて来た時には、何を見ても驚かされた。
それでも今では、それらを見ても以前ほど驚かなくなっている。
「……私も、慣れてきたんでしょうか」
「何にですの?」
「このダンジョンに」
セレスティアがクラリスを見る。
「そうでしょうね」
「やっぱり?」
「だって、もう帰る場所として話していますもの」
「……」
クラリスは窓の外へ視線を戻した。
確かにそうだった。
王城へ行っていた間も、どこかでこの場所へ戻ることを考えていた。
自分の国へ帰るという感覚とは少し違う。
けれど、ここへ戻ってくると落ち着く。
そんな感覚だった。
しばらく車を走らせると、見慣れた景色が見えてきた。
「もうすぐですわね」
「はい」
クラリスの表情が少し明るくなる。
やがてダンジョンの入口が見えてきた。
門の周辺には、今日も多くの人がいる。
冒険者。
商人。
買い物に来た町の住人。
それぞれが当たり前のように行き交っている。
ロールスロイスが町へ入ると、何人かがこちらへ視線を向けた。
「あ、セレスティア様だ」
「クラリス様も一緒だぞ」
そんな声が聞こえてくる。
クラリスは少し驚いた。
「……すっかり有名になってしまいましたね」
「私ですか?」
「二人ともです」
「私はともかく、クラリスまで?」
「こちらに長く住んでいますもの。当然ですわ」
セレスティアが笑う。
車は町の中を進んでいく。
道の両側には店が並び、人々が普通に生活している。
ダンジョンの中なのに、まるで一つの都市だった。
クラリスはそれを眺めながら、改めて思う。
自分が最初にこの場所へ来た時には、こんな景色になるとは想像もしていなかった。
「……やっぱり、不思議な場所ですね」
「でしょう?」
セレスティアが嬉しそうに答える。
「私も最初はそう思いましたわ」
「今は?」
「今は……」
セレスティアは少し考えた。
「帰ってくると落ち着きますわね」
「ふふ」
クラリスが笑った。
「セレスティア様も同じじゃないですか」
「何がですの?」
「この場所を帰る場所だと思っているところです」
「……そうかもしれませんわね」
やがてロールスロイスが建物の前で止まった。
二人が車から降りる。
すると、少し離れた場所から声がした。
「遅かったな」
アレンだった。
「ただいま戻りましたわ」
セレスティアが自然に答える。
「ただいま帰りました」
クラリスも続く。
アレンは二人を見て、少しだけ首を傾げた。
「クラリスの故郷はどうだった?」
「色々ありましたわ」
「大変でした」
「そうか」
アレンはそれ以上詳しく聞かなかった。
セレスティアはアレンを見る。
「報告は後でしますわ。今は少し休ませてくださいな」
「珍しいな。お前が休みたいなんて言うの」
「私だって疲れるんですのよ」
「そうなのか?」
「そうですわ」
セレスティアが少し睨む。
クラリスはそのやり取りを見て笑った。
「アレン様、セレスティア様は本当に疲れているみたいですよ」
「分かった。今日はゆっくりしていけ」
「言われなくてもそうしますわ」
セレスティアはそう言って建物へ向かう。
クラリスもその後ろをついていく。
少し歩いたところで、クラリスが振り返った。
そこには、いつものダンジョンの町が広がっていた。
人々が歩き、店が営業し、冒険者たちが行き交っている。
自分の国とは違う。
それでも、不思議と落ち着く。
「……帰ってきたんですね」
クラリスが小さく呟く。
セレスティアが振り返る。
「ええ」
そして微笑んだ。
「おかえりなさい、クラリス」
「……はい。ただいまです」
二人はそのまま建物の中へ入っていった。
クラリスの故郷での緊張した時間は終わった。
ここからは、またダンジョンでの日常が始まる。




