クラリスの帰省
クラリスの帰省は久しぶりだった。
セレスティアが以前この国を訪れたのは、三年前になる。
久しぶりに見る町並みを、セレスティアは馬車の窓から眺めていた。
街道も、建物も、行き交う人々の姿も、記憶にある三年前と大きくは変わっていない。
「……あまり変わらないわね」
セレスティアがそう口にすると、隣に座っていたクラリスが笑った。
「それが普通です」
「そうなの?」
「はい。三年程度で町が大きく変わるほうがおかしいですから」
「確かにそうね」
セレスティアは窓の外を見る。
言われてみれば、その通りだった。
建物を建てるにも、人を集めるにも、道を整えるにも時間がかかる。
一つの国が目に見えて変わるには、それなりの年月が必要なのだ。
「私が変な基準で考えているのかもしれないわね」
「セレスティア様の周りは、普通ではありませんから」
クラリスが苦笑する。
「それは否定できないわ」
セレスティアも笑った。
「ダンジョンの中にも外にも町ができたわ」
「それは……確かに普通ではありませんね」
「でしょう?」
「以前お聞きしたときも驚きましたが、改めて考えると、とんでもない話です」
「そうかしら?」
「ダンジョンというのは、本来なら人が攻略する場所でしょう?」
「そうね」
「そこに人が住む町ができて、その外にも町が広がるなんて……」
「私のところでは、それが普通になってきているのよ」
「やっぱり普通ではありません」
「でも、あのダンジョンは変化が大きいですからね」
セレスティアはそう言って、少し笑った。
ダンジョンそのものが成長し、施設が増え、人が集まり、商売が生まれ、いつの間にか町までできている。
三年前と今を比べれば、同じ場所とは思えないほど変わっている。
それを思えば、目の前の町がほとんど変わっていないことも不思議ではなかった。
「それに比べると、王国もずいぶん変わったわ」
「王国ですか?」
「ええ。道もよくなったわ」
「王妃様の施策と聞いてます」
「そうよ」
セレスティアは窓の外へ視線を向けた。
以前よりも整えられた街道。
馬車がすれ違うときにも余裕があり、道の状態も安定している。
たったそれだけのことに見える。
だが、セレスティアにとっては、そこに大きな意味があることが分かっていた。
「移動の時間が早くなれば、その分、他に時間が使えるし、災害時に打てる手が変わるわよ」
「災害時、ですか?」
「ええ」
セレスティアはクラリスを見る。
「例えば、大雨でどこかの町が被害を受けたとするでしょう?」
「はい」
「その町に食料が必要になった。薬も必要になった。人手も必要になった」
「はい」
「道が悪ければ、それを届けるだけで何日もかかるわ」
「なるほど……」
「でも道が整備されていれば、今までより早く届けられる。救援に向かう人間も早く到着できる」
クラリスは頷いた。
「移動時間が短くなるだけで、災害への対応そのものが変わるんですね」
「そういうことよ」
セレスティアはさらに続ける。
「それに、災害だけじゃないわ」
「他にも?」
「商売も変わるでしょうね」
「商売ですか?」
「ええ。今まで遠すぎて商売にならなかった場所へ、商品を運べるようになる。逆に、遠くから商品を仕入れることもできる」
「確かに……」
「人の移動も増えるわ。日帰りできる場所が増えれば、今まで宿泊が必要だった移動が変わる」
クラリスは黙って聞いている。
「国にとっては、時間そのものが増えたようなものなのよ」
「時間が増える……」
「正確には、同じ一日でも、その中でできることが増えるということね」
セレスティアは笑った。
「だから、王国軍の再編も考えないといけないと思ってるの」
「王国軍の再編ですか?」
「ええ」
クラリスが驚いた顔をする。
「道がよくなっただけで、そこまで変わるのですか?」
「変わるわよ」
セレスティアは即答した。
「例えば、今まで一週間かかっていた場所へ三日で行けるようになったとするでしょう?」
「はい」
「だったら、今まで一週間かけていた距離を前提に兵を配置する必要がなくなるかもしれない」
「……」
「逆に、今までより広い範囲を一つの部隊で対応できるかもしれない」
クラリスは考え込む。
「なるほど」
「もちろん、実際にどうするかは軍の仕事よ。私が勝手に決める話ではないわ」
「セレスティア様の仕事ですか?」
「意見を出すくらいはするわ」
クラリスは少し困ったように笑った。
「私の国では女性は軍部に意見しませんよ」
「うちの国が特別なのよ」
セレスティアはあっさり答えた。
「真似する必要はないわ」
「そうですか」
「国によってやり方は違うもの」
セレスティアはそう言ってから、クラリスのほうへ向き直った。
「でもね、クラリス」
「はい?」
「あなたも考えなさい」
「私も?」
「ええ」
セレスティアは笑っている。
だが、その目は冗談ではなかった。
「あなたの国だって、これから何かが変わるかもしれないでしょう?」
「……」
「今は三年前とほとんど変わっていない。それは悪いことではないわ」
セレスティアは窓の外を見る。
「変わらないほうがいいものだって、たくさんあるもの」
「はい」
「でも、周りが変わったときまで、何も変えなくていいとは限らない」
クラリスは黙って聞いていた。
「道が良くなれば、移動時間が短くなる。移動時間が短くなれば、人の流れが変わる。人の流れが変われば、商売も変わる」
「はい」
「そして、災害への対応も、軍の配置も変わるかもしれない」
セレスティアは一つ一つ言葉を重ねる。
「だから、あなたの国で同じことをする必要はない。でも、もし移動時間が短くなったら何が変わるのか。それくらいは考えておいたほうがいいわ」
クラリスはしばらく黙っていた。
窓の外には、三年前とほとんど変わらない町並みが続いている。
帰ってきたときは、それを見て懐かしいと思っただけだった。
けれど今は違う。
変わっていないことそのものが、少し気になり始めていた。
「……帰ってきたばかりなのに、考えることが増えてしまいました」
「それも帰省の楽しみでしょう?」
「普通は家族とゆっくり過ごすものだと思います」
「それもするわよ」
セレスティアは楽しそうに笑った。
「その前に、少しだけ頭を使ってもらうだけよ」
「少しだけ、ですか?」
「ええ。少しだけ」
クラリスは苦笑する。
どう考えても、セレスティアの言う「少しだけ」は信用できない。
それでも、クラリスはもう一度、窓の外を見た。
三年前と変わらない町。
その景色を、今度は別の意味で眺めていた。




