本社の専務
「アレン、次の子ダンジョンの候補は決まってるの?」
セレスティアが尋ねる。
最近では子ダンジョンを増やすことも珍しくなくなっていた。
ただし、今回の話は今までとは少し事情が違う。
「ああ。次は国境跨ぐよ」
セレスティアの手が止まった。
「国際問題ね」
「だから検問所は設置するよ」
「……どこにする気?」
「クラリスの国だな」
アレンは迷うことなく答えた。
「友好国だから摩擦は少ないだろう」
「それが賢明ね」
セレスティアも頷く。
王国と敵対している国の領内に、いきなり子ダンジョンを作れば、それだけで侵略行為と受け取られる可能性がある。
だが、クラリスの国なら話は違う。
少なくとも現在は友好関係にある。
「問題が起きてもコントロールできるわ」
「だろ?」
「ええ。いきなり帝国との国境に作るより、ずっといいでしょう」
「それに、検問所を設置しておけばいい」
「検問所だけで済むかしら?」
「人の出入りを確認するんだよ。商人とか冒険者とか」
アレンは指を折りながら説明する。
「誰でも勝手に行き来できるようにしたら、あとで面倒なことになるだろ」
「国境を跨ぐのですもの。そこはちゃんと管理する必要がありますわね」
「子ダンジョン同士を繋げれば移動は楽になるけど、国境を越える場所ならなおさらだ」
セレスティアは少し考え込む。
「あなた、こういうところだけ妙に現実的ですわね」
「国際問題になるんだろ?」
「ええ」
「なら面倒にならないようにする」
アレンにとっては、それだけの話だった。
大きな目的がある。
ダンジョン同士を繋ぐ。
人や物が移動できるようにする。
そのために国境を越える必要がある。
ならば、国境を越えたという事実で余計な問題を起こさないよう、最初から検問所を用意する。
「次の制圧はたまとクロノスの組み合わせだな」
アレンが二人を見る。
「行けるか?」
「ニャー」
たまが短く鳴いた。
「構わんが」
クロノスも答える。
「じゃあ決まりだな」
アレンは二体を交互に見る。
そして、ふと思いついたように言った。
「たまにダンジョンマスターやらせよう」
「ニャー?」
たまが首を傾げる。
クロノスも少し驚いた。
「たまがマスターか」
「ああ」
「すると、我はどうなる?」
「お前は今まで通りだな」
「今まで通り?」
「本社の戦力」
「……」
クロノスが黙り込む。
「子会社の社長と本社の副社長はどっちが偉いんだろう」
クロノスが突然、そんなことを言い出した。
「知るか」
「たまが子会社の社長で、俺たちのダンジョンが本社だろ?」
「まあ、そういう考え方ならな」
「じゃあ、クロノスは本社の専務あたりだぞ」
「なおさら立場が微妙じゃないか」
クロノスが即座に突っ込んだ。
「副社長より下じゃないか」
「でも強さならお前の方が上だろ」
「役職と強さを混ぜるな」
「会社って難しいな」
「そもそも会社ではない」
クロノスは深いため息をついた。
たまはそんな二人の会話を気にすることもなく、尻尾を揺らしている。
「まあ、たまがマスターになれば、そのダンジョンもこっちと繋げられる」
アレンが話を本題へ戻した。
「それなら、今後の移動にも使える」
「なるほどな」
クロノスもようやく納得する。
今回の目的は、単純な制圧ではない。
新しいダンジョンを王国の外に確保し、そこを新たな拠点として使う。
そして、王国とクラリスの国を繋ぐ。
そのための最初の一歩だった。
「じゃあ、頼んだぞ」
「任せろ」
「ニャー」
二体は出発の準備を始めた。
ただし、堂々と昼間に国境を越えるわけにはいかない。
クロノスほどの存在が街道を歩けば、それだけで騒ぎになる。
たまもSSランクの魔物だ。
「深夜に人目につかないように出発してくれ」
「分かった」
「ニャー」
そして深夜。
人の気配が少なくなった頃、たまとクロノスはひっそりとダンジョンを出た。
クロノスは巨大な身体をできるだけ目立たせないようにしながら進み、その足元をたまが歩いていく。
巨大な古代竜と、小さな猫。
知らない者が見れば、意味の分からない組み合わせだった。
だが、その二体が向かっている先にあるのは、これから新しい子ダンジョンになる場所だ。
そして――。
二体は目的のダンジョンへ到着した。
中へ入った瞬間、侵入者として認識されたのだろう。
大量のモンスターが一斉に押し寄せてくる。
だが、たまもクロノスも動じない。
「ニャー」
たまが一声鳴く。
クロノスも前へ出る。
圧倒的な個の前では、数は障害にならない。
ほどなくして、ダンジョンの制圧は完了した。
そして、たまが新たなダンジョンマスターとなった。
こうして、王国の外にも新しい子ダンジョンが誕生した。
二体はそのまま、夜のうちに帰路につく。
そして本拠地へ戻ってくると、アレンが出迎えた。
「おかえり」
「無事に終わったぞ」
「ご苦労だったな」
アレンはたまを見る。
「たまにはご褒美の餌を用意してある」
「ニャー!」
たまは嬉しそうに餌へ向かっていく。
クロノスはその様子を眺めていた。
自分も頑張った。
今回の制圧でも、たまだけに任せたわけではない。
むしろ自分もかなり働いた。
それなのに――。
「……我も頑張っておるぞ」
アレンが振り返る。
「ん?」
「我も頑張っておるぞ」
「分かってる」
「ならば――」
クロノスは期待を込めてアレンを見る。
しかしアレンは少し考えた後、
「お前は本社の専務だから」
「……」
「役職があるだろ」
「なおさら立場が微妙じゃないか!」
ダンジョンの中に、クロノスの叫び声が響いた。
その横では、たまが何事もなかったかのように、ご褒美の餌を食べ続けていた。




