ステラ飲まれる
セレスティアは、クラリスとフローラ、そして帝国からの留学生であるステラの四人でお茶会をしていた。
その後ろには、アレンが執事として控えている。
ステラにとっては、王国での留学生活について話す絶好の機会だった。
「この国には、もう慣れたかしら?」
セレスティアが紅茶を口に運びながら尋ねる。
「はい。少しずつですが」
ステラは答えた。
「ただ……この町は普通と違いますわね」
「どのあたりが?」
「冒険者が異常に多いです。それに商売も活発ですし、学園には平民が多く通っている」
ステラは、この町で見たものを一つずつ挙げていく。
「帝国の都市と比べても、人の動きがかなり違います」
セレスティアは黙ってステラの話を聞いていた。
「それだけですか?」
「……それだけ?」
ステラは首を傾げる。
「浅いわね」
「浅いですか?」
「ええ」
セレスティアは穏やかな口調のままだった。
「あなたに、ダンジョンと国の関係について学びなさいと言った意味が理解できていませんね」
ステラは黙り込む。
自分では、この町をかなり調べたつもりだった。
冒険者の数。
商業の活発さ。
平民への教育。
どれも帝国と比較すれば大きな違いだ。
だが、セレスティアからすれば、それはただ見えている現象を並べただけに過ぎない。
「お姉さま、無理です」
クラリスが突然口を挟んだ。
「私も未だに信じられません」
「クラリスは留学して結構経ちますわよ」
「それでもです」
クラリスは苦笑した。
「最初は私も、この町が少し変わった町くらいに思っていましたもの」
ステラはクラリスを見る。
「では、今は?」
「今でも、全部を理解できているわけではありません」
クラリスは正直に答えた。
ステラはますます分からなくなった。
「では……帝国には、どれだけダンジョンがあるのかしら?」
セレスティアが尋ねる。
「帝国ですか?」
「ええ」
ステラは少し考えた。
「この国の二倍はあるはずです」
「それほど?」
「帝国は国土が広いですから。確認されているダンジョンも多いです」
セレスティアは頷いた。
「では、そのダンジョンは帝国に利益をもたらしているのかしら?」
「もちろんです」
ステラは即答した。
「冒険者がダンジョンに入り、魔物を倒し、魔石や素材を持ち帰ります。商人がそれを買い取り、加工して流通させる。それによって町も栄えます」
「なるほど」
セレスティアは紅茶を置いた。
「つまり、ダンジョンは冒険者が通うところだ」
「……はい」
ステラは答えた。
セレスティアは微笑んだ。
「まだその認識ですのね」
その言葉に、ステラは黙った。
何かがおかしい。
自分は帝国の皇女だ。
帝国のダンジョンについても、それなりの知識を持っている。
それなのに、目の前のセレスティアは、自分が何も理解していないと言っている。
「ダンジョンが存在することで、冒険者が集まる」
セレスティアが静かに話す。
「冒険者が集まれば、宿ができる。店ができる。商人が集まる。人が増えれば道路が必要になる。食料も必要になる。仕事も増える」
ステラは黙って聞いていた。
「それだけではありませんわ」
セレスティアは続ける。
「ダンジョンが生み出すものを、国がどう扱うか。町が得る利益をどう循環させるか。人が集まることで何が変わるのか」
「……」
「あなたは、ダンジョンそのものしか見ていない」
ステラの背筋に、冷たいものが走った。
自分が見ていたのは、ダンジョンだった。
冒険者が集まり、魔石や素材を持ち帰る場所。
それ以上ではなかった。
「王国に飲まれますわよ」
セレスティアが微笑んだ。
「……帝国が?」
「ええ」
ステラは言葉を失った。
王国が帝国を侵略するという話ではない。
もっと静かなものだ。
経済。
人。
技術。
教育。
ダンジョン。
それらが少しずつ積み重なり、気づいた時には国そのものの力が変わっている。
ステラは、初めて恐ろしく感じた。
王国が、というより――。
目の前で微笑んでいるセレスティアという女性が。
自分が見ているものより、その先にあるものを知っている。
そんな気がした。
そしてステラは思った。
帝国のために情報を持ち帰るつもりだった。
だが、この女性の考えを理解しないまま帰れば、本当に重要なものを何一つ持ち帰れないのではないか。
控えていたアレンは、そんな四人の会話を黙って聞いていた。
ただ一つ思った。
「……セレスティア、楽しそうだな」
小さな声だったが、誰にも聞かれることはなかった。




