元勇者の金銭事情
引退した勇者は、金に困っていた。
勇者として活動していた頃は、金の心配などしたことがなかった。
旅に必要な宿代。
食事代。
武器や防具の購入費。
移動費。
必要になったものは、各国から用意された勇者基金から支払われていた。
勇者として活動するために必要な金なら、いくらでも使うことができた。
だから、引退するまで気にしたことがなかった。
自分の生活には金がかからない。
勇者なのだから当然だ。
そう思っていた。
だが、勇者を引退したことで、その生活は終わった。
「……あれ?」
そこで初めて気づいた。
「俺、給料をもらってないな」
勇者として活動していた頃に使っていた金は、すべて活動に必要な経費だった。
本人に支払われる給料ではない。
つまり、勇者はこれまで無給で活動していたのだ。
魔王のいない平和な時代に生まれた勇者。
それでも勇者として認定され、各国から活動を支援されてきた。
だが、その支援は勇者として活動するためのもの。
引退すれば当然なくなる。
「まずいな……」
勇者は冒険者ギルドへ向かった。
冒険者になればいい。
魔物を倒せば魔石が手に入る。
魔石を売れば金になる。
勇者として鍛え上げた自分なら、冒険者として十分に稼げるはずだった。
冒険者登録を済ませる。
そして認定されたランクは――SSS。
「SSSランクですか」
受付嬢が目を丸くした。
勇者は頷く。
「これなら稼げるだろう」
「もちろんです」
受付嬢は苦笑した。
「魔物を討伐して魔石を売れば、ランクに関係なく収入になりますから」
「なら問題ないな」
勇者は早速、ダンジョンへ向かった。
だが、そこで問題に気づいた。
平和なのだ。
魔王はいない。
大規模な戦争もない。
危険な魔物が大量に発生することもない。
低階層の魔物を倒して魔石を集めても、SSSランクの実力を持つ勇者にとっては効率が悪い。
「……もっと強い魔物はいないのか?」
勇者は考えた。
自分が本気を出さなければ倒せないような魔物。
それだけ強い魔物なら、魔石の価値も高い。
しかし、そんな場所は平和な国にはほとんどない。
そこで勇者は、一つのダンジョンを思い出した。
かつて何度か訪れたことがあるダンジョン。
今では巨大な町まで形成され、多くの冒険者が集まっている。
あそこなら、自分の実力を活かせる。
そう考えた勇者は、アレンのダンジョンへ戻ってきた。
「……」
マスタールームのモニターを見ていたアレンは、見覚えのある人物を発見した。
「ん?」
画面に映っているのは、かつて勇者として活動していた男だった。
「……なんであいつがここに来たんだ?」
勇者はダンジョンへ入っていく。
観光に来たようには見えない。
冒険者ギルドへ向かい、依頼を確認する。
そしてダンジョンの奥へ進んでいく。
「……」
アレンはしばらく様子を見ることにした。
勇者が何をしに来たのか分からない。
やがて勇者は剣を抜いた。
目の前に現れた魔物を、一撃で倒す。
魔石を拾う。
また進む。
そして次の魔物も一撃。
「……」
アレンはモニターを見ながら首を傾げた。
「もしかして、金を稼ぎに来たのか?」
勇者は答えない。
ただ黙々と魔物を倒していく。
アレンはその様子を眺めながら考えた。
「まあ、何しに来たのかは、そのうち分かるか」
引退した勇者は、今日も魔石を集めていた。
かつては経費だった金。
今度は自分の生活費を、自分で稼がなければならない。
そのために選んだ場所が――
アレンのダンジョンだった。




