王妃様の決断
セレスティアは王妃と協議していた。
議題は、ダンジョン内で行われている商取引についてだった。
「ダンジョンに領主を置き、王国の領地として課税する案も出ていますわ」
「それはできませんね」
王妃は即座に答えた。
「ダンジョンに領主を置くということは、ダンジョンに王国の支配を受け入れろと言っているのと同じですもの」
「もう一つ、ダンジョンの入口で通行料を徴収する案もありますわ」
「それも駄目です」
「やはり……」
「ダンジョンを利用する人間を減らすことになりますから」
王妃は机の上に置かれた資料へ目を落とした。
ダンジョンランド。
宿泊施設。
商店。
娯楽施設。
冒険者。
商人。
ダンジョンによって生み出されている経済効果は、すでに無視できる規模ではない。
「ダンジョンの利用者が減れば、ダンジョンそのものが生み出す利益も減ります。それだけではありません。周辺の商人も、領主も、そして王国も利益を失います」
「ダンジョンへの敵対行為と受け取られる可能性もありますわ」
「でしょうね」
王妃は資料を閉じた。
国の重要政策を決めるのは、王妃の仕事だ。
一部の商人が不公平だと感じている。
それも事実だった。
普通の商人は商品を仕入れるときにも税を払い、販売するときにも税を払う。
一方、ダンジョン内で商売をする場合、王国法が適用されないため、販売時の法人税がかからない。
不公平だという声が上がるのも当然だった。
しかし、それを理由にダンジョンへ領主を置き、課税することはできない。
ダンジョンは王国が作った町ではない。
王国の領地でもない。
そこに王国法を持ち込むこと自体が、ダンジョンへの支配を意味してしまう。
「そもそも、ダンジョンの生み出している利益は、国にとって膨大なものです」
セレスティアが言った。
「ええ」
「ダンジョンランドだけではありません。ダンジョンを利用する商人が増えれば、周辺の領地でも商品が売れます。冒険者が滞在すれば宿も飲食店も潤う。国全体の経済が大きくなっていますわ」
「ならば、その利益を守るべきでしょう」
王妃は迷わなかった。
「ダンジョンは王国領地ではない」
それが結論だった。
「ならば、ダンジョン内で行われる商取引に王国は関与しないことにしましょう」
セレスティアは頷いた。
「ですが、それでは商人たちの不満が収まりませんわ」
「ええ。だから別の方法を取ります」
王妃は新しい資料を取り出した。
「補助金を充実させましょう」
「補助金ですか?」
「ダンジョンとの競争によって不利益を受ける商人や、ダンジョンの影響で税収が減少する領地を支援します」
ダンジョンに税を課すことはできない。
ならば、ダンジョンによって生まれた経済効果を利用して、国内の不利益を受ける者を支援すればいい。
「ダンジョンから直接税を取れなくても、国全体が潤っているのなら、その利益を国内に還元することはできます」
「なるほど……」
セレスティアは納得した。
ダンジョンを王国の制度に無理やり組み込む必要はない。
ダンジョンはダンジョンとして存在させる。
王国は王国として、その恩恵を受ける。
そして生じた不公平については、王国側の制度で調整する。
「これで決まりですね」
「ええ」
王妃は頷いた。
「ダンジョンは王国の領地ではない。ダンジョン内の商取引に国は関与しない。その代わり、ダンジョンによって潤った国の財政を使い、国内の商人や領地への補助を充実させる」
こうして、ダンジョンを巡る税制問題は一応の決着を見た。
ダンジョンが大きくなったことで、王国の法律では想定していなかった問題が次々と生まれている。
だが、それは同時に、王国そのものがこれまで以上に豊かになっているということでもあった。
セレスティアは王妃との協議を終え、思った。
ダンジョンは、もはやただの冒険者が潜る場所ではない。
一つの大きな経済圏として、王国そのものに影響を与える存在になっているのだ。




