研究所の設立
これまで、この世界で疫病が発生したときに取れる手段は限られていた。
まずは患者を隔離する。
それでも広がれば、さらに隔離する。
病気そのものを治す方法がない以上、感染を広げないことが最優先だった。
ポーションも万能ではない。
傷を治すことはできても、病気そのものに効果があるわけではない。
聖女の治癒魔法なら病気に効果を及ぼすこともできる。
だが、聖女の数は限られている。
一人の聖女が治療できる人数にも限界がある。
大規模な疫病が発生すれば、とても全員を治療することなどできない。
だからこそ、この世界では疫病とは「耐えるしかない災害」だった。
そんな常識を、アレンの一言が変えた。
「特効薬を作ればいい」
セレスティアは、その言葉を聞いたときには意味を理解できなかった。
病気になった人間を治す。
それは分かる。
だが、病気そのものに効く薬を作る。
そんな発想は、この世界にはなかった。
「病気には原因がある」
アレンはそう説明した。
「細菌とかウイルスとか、そういう病原体が原因になっている場合がある。それを調べて、どうすれば増殖を止められるのかを研究する」
セレスティアは黙って聞いていた。
病気は目に見えない。
だからこそ、これまでは魔法や薬で症状を抑えることしかできなかった。
しかし、その見えない原因を調べることができるのなら。
話は変わる。
「つまり……病気を治すだけではなく、病気そのものを研究するということですわね」
「そういうことだ」
その日から、セレスティアは動き始めた。
必要なのは医師だけではない。
病気の原因を調べる者。
薬を研究する者。
衛生状態を調べる者。
魔法による治療を研究する者。
回復薬と病気の関係を調べる者。
そして、まだ誰も知らない病原体を発見する者。
それらを一つの場所に集める。
「研究所を作りますわ」
セレスティアは迷わなかった。
アレンが教えた知識を、そのまま受け売りにするつもりはない。
この世界には、この世界の研究者が必要なのだ。
最初は小さな施設だった。
数人の医師と薬師。
いくつかの実験室。
病気になった人間の記録を集める資料室。
それだけだった。
だが、セレスティアは研究を止めなかった。
研究者を集め、設備を増やし、研究分野を増やしていく。
病気の原因。
感染経路。
衛生。
薬。
魔法治療。
回復薬。
そして、まだ名前すら存在しない微小な病原体。
少しずつ、研究所は大きくなっていった。
やがて、その施設はこの国だけのものではなくなった。
他国からも研究者が訪れるようになり、新しい病気が見つかれば研究所へ情報が集まるようになった。
かつては疫病が発生するたびに、ただ隔離するしかなかった。
それが今では、原因を探し、治療法を探し、次の疫病に備える。
その変化の始まりは、一人のダンジョンマスターが何気なく口にした「特効薬」という言葉だった。
そして後世。
その研究所は、世界最高峰の医学研究機関と呼ばれることになる。
セレスティアが作った研究所。
それは、疫病から人々を守るためだけの施設ではなかった。
この世界が、病気と向き合う方法そのものを変えた場所だった。




