疫病で増益
マスタールームでモニターを眺めていたアレンは、最近どうにも気になることがあった。
「……人、多くないか?」
映っているのは1階層の町だった。
普段なら冒険者や商人が行き交っている場所だが、今日は明らかに様子がおかしい。
宿屋の前には列ができ、医療施設には人が集まっている。
「何かあったのか?」
アレンがダンジョンコアに尋ねる。
『王国内で疫病が流行しています』
「疫病?」
『はい。現在、感染者の隔離が各地で行われています』
アレンはモニターを見つめた。
「それで、なんでうちにも患者がいるんだ?」
『ダンジョンは多くの人間が出入りしています。冒険者、商人、住民、観光客など、人の移動が非常に多いためです』
「……そうだった」
アレンは頭を抱えた。
ダンジョンは安全だから人が集まる。
人が集まるから商売が成立する。
そして人が集まるということは、病気が流行したときには、それだけ広がりやすいということでもある。
「王国ではどうしてるんだ?」
『現在確認されている対策は、患者の隔離と感染地域への移動制限が中心です』
「治療は?」
『症状を緩和する薬は存在します。しかし、今回の疫病そのものを治療する薬はありません』
「……なるほど」
アレンは少し考えた。
この世界には細菌もウイルスも知られていない。
病気は病気として扱われているだけで、その原因となる微生物を調べるという発想自体が存在していない。
「つまり、広げないようにするしかないのか」
『現状では、その認識で間違いありません』
アレンはモニターに映る町を見た。
患者を隔離する。
人の移動を制限する。
それしかない。
「でも、それじゃいつまで経っても終わらないだろ」
『病原体を特定し、治療できれば状況は変わります』
「だったら調べればいいじゃないか」
『可能です』
「できるのかよ!」
アレンは思わず立ち上がった。
『ダンジョンの機能を利用すれば、病原体の解析が可能です』
「最初から言え!」
アレンはすぐに解析を始めさせた。
ポイントはかかった。
だが、ダンジョンの存続に関わるほどではない。
しばらくして、コアから結果が返ってきた。
『病原体を特定しました』
「で?」
『対応する薬品を生成できます』
「……」
アレンはしばらく黙った。
「それ、最初からできたんじゃないのか?」
『解析が必要でした』
「まあいい」
アレンは薬の生成を指示した。
最初に治療を受けたのは、ダンジョン内で隔離されていた患者だった。
薬を投与し、経過を観察する。
一日。
二日。
三日。
やがて患者の症状が消えていった。
「治ったのか?」
『完全に回復しています』
「……本当に?」
アレンは患者の様子をモニターで確認した。
数日前まで苦しんでいた人間が、普通に食事をしている。
「よし」
これでダンジョン内の問題は解決できる。
そう思った。
ところが、それで終わらなかった。
治療を受けた患者の家族が、故郷へ戻った。
そして話した。
「あのダンジョンには疫病を治す薬がある」
噂が広がるのに、時間はかからなかった。
数日後。
1階層の町には、今まで見たこともないほどの人間が集まっていた。
「……なんだこれ」
宿屋は満室。
食堂も満席。
治療施設には長蛇の列。
町の外にも人が並んでいる。
「国中から来てるのか?」
『確認できる範囲では、王国内の各地域から患者が訪れています』
「そんなにか」
アレンは頭を抱えた。
病気を治せる場所が、ここしかない。
当然と言えば当然だった。
しかも患者だけではない。
付き添いの家族もいる。
宿に泊まり、食事をし、生活用品を買う。
治療が終わるまで滞在する。
結果として、ダンジョンには大量の金が流れ込んでいた。
「……治療費はどうする?」
アレンが尋ねると、セレスティアが答えた。
「無料にするのは難しいでしょうね」
「そうなのか?」
「無料にすれば、さらに患者が殺到しますわ。それに治療する人間、薬、施設、食事、宿泊場所。すべてに費用がかかります」
「じゃあ必要な分だけ取るか」
「それがよろしいかと」
治療費は必要経費を基準に決められた。
それでも患者は途切れなかった。
アレンは毎日の収支を確認する。
「……増えてるな」
『はい』
「治療してるだけなのに?」
『治療だけではありません。宿泊、食事、物資販売、交通などの収益も発生しています』
アレンは数字を眺めた。
疫病が流行っている。
王国中が患者の隔離に追われている。
それなのに、自分のダンジョンだけは患者を治療しながら金が入ってくる。
「なんというか……」
アレンは椅子に座り直した。
「病気が流行って儲かるって、素直に喜べないな」
「そう思うのでしたら、喜ばなければよろしいのでは?」
セレスティアが淡々と言う。
「いや、数字は嬉しい」
「でしょうね」
疫病が収束するまで、アレンのダンジョンは国中から訪れる患者を受け入れ続けた。
そして疫病が収束した日。
アレンは収支表を見て呟いた。
「……過去最高益だ」
セレスティアがため息をつく。
「そのような顔で言うことではありませんわ」
「分かってる」
アレンは少しだけ申し訳なさそうに画面を閉じた。
「でも、治った人がこれだけいるなら……まあ、いいか」
そう言って、またマスタールームの椅子に座った。




