食糧倉庫
「アレン、今年は作物の実りが悪いみたいなの。どうにかならない?」
セレスティアが、いつものようにマスタールームでアレンに相談していた。
「今年は天候が悪かったからな」
「ええ。うちの領地でも収穫量がかなり落ちていますわ」
セレスティアは机の上に置かれた資料を見ながら、ため息をつく。
「でも、ダンジョンの作物は毎回同じ収穫量なんでしょう?」
「そうだな。ダンジョン内なら天候に左右されないからな。設定した収穫量は基本的に変わらない」
「そうなのよね」
セレスティアは少し考える。
「だったら、アレンのダンジョンで収穫量を増やして、うちの領地に送れないかしら?」
「お前のダンジョンでやればいいじゃないか」
「……私のダンジョンにも畑を作れってこと?」
「畑を作るだけなら簡単だぞ」
アレンはマスタールームの画面を操作する。
「ダンジョンポイントを使えば、農地そのものはすぐ作れる。土を用意して、水路を引いて、必要なら農具や倉庫まで作れる」
「それなら問題ないじゃない」
「いや、問題はそこじゃない」
アレンは画面を閉じた。
「農民を用意するのが大変なんだ」
「農民?」
「畑を作っただけで作物が勝手に育つわけじゃないだろ」
「……それはそうですわね」
「種を植える。水をやる。雑草を取る。病気や害虫にも対処する。収穫する。収穫したものを運ぶ。畑を増やせば、その分だけ人手も必要になる」
「ダンジョンポイントで人間を作るわけにはいかないものね」
「作れなくはないが、農民を作ったところで農業の知識まで勝手についてくるわけじゃない」
「なるほど」
セレスティアは腕を組む。
「つまり、農地を作ることより、農業をできる人間を確保するほうが難しいのね」
「そういうことだ」
ダンジョンの中に広大な畑を作ること自体は、アレンにとって大した問題ではない。
だが、農民を集めるとなれば話は変わる。
領地から農民を連れてくれば、その分だけ領地の農業が手薄になる。
新しい人間を移住させようと思えば、住居や生活基盤も必要になる。
「だったら、農民を大量に集めるより、必要なときだけ食糧を作るほうがいいんじゃない?」
「それもできる」
「なら――」
「ただし、そうすると別の問題が出る」
「別の問題?」
「金貨だ」
アレンはマスタールームの画面に、ダンジョンポイントの一覧を表示した。
「金貨をダンジョンポイントに変換して、そのポイントで食糧を作ることはできる」
「それなら凶作でも食糧を確保できますわね」
「ああ」
アレンは頷く。
「普通なら、食糧が足りなくなれば金貨を持っていてもどうにもならない。市場に食糧がなければ、金貨をいくら持っていても買えないからな」
「それがダンジョンなら違う」
「そうだ。金貨をポイントに変えて、そのポイントで食糧を生み出せる」
「……金貨があれば、食糧が売り切れていても問題ないということね」
「そういうことだ」
セレスティアは少し考え込んだ。
「それって、金があれば何でも解決できてしまうわね」
「万能じゃないぞ」
「どうして?」
「食糧を吸わせて金を産み出せないからだ」
「……ああ」
セレスティアも意味を理解した。
「食糧が足りないときは、金貨を使って食糧を作れる。でも、豊作になって食糧が余ったからといって、それをダンジョンに入れて金貨に戻そうとすると、かなり目減りする」
「そういうことだ」
「つまり、食糧を作って金貨を増やすことはできない」
「できるけど、割に合わない」
アレンは簡単に答えた。
「だから、ダンジョンを使って食糧を生産するなら、基本的には不足したときの補填だな」
「なるほど……」
セレスティアは再び資料を見る。
「だったら、豊作のときは?」
「売ればいい」
「どこに?」
「リリアの領地に売りに行けばいいんじゃないか?」
「あそこは常に足りていなくて買っているからね」
「そうだ」
凶作の年には、ダンジョンで食糧を生産して不足分を補う。
逆に豊作の年には、余った食糧を他の領地へ売る。
ダンジョンそのものを食糧生産の中心にする必要はない。
「そう考えると、ダンジョンの畑は保険みたいなものね」
「まあ、そんな感じだな」
「天候に左右されず、収穫量も安定している」
「その代わり、人手は必要になる」
「だから農民の確保が問題になる」
「うん」
アレンは画面を見ながら考える。
「農地を増やすのは簡単だ。問題は、その農地を誰に耕させるかだな」
「なら、まずは今いる農民でどこまでできるか考えましょう」
セレスティアは資料をまとめる。
「不足したときだけダンジョンから食糧を出して、余ったときはリリアの領地へ売る」
「それが一番現実的だろうな」
「……なんだか、ダンジョンが国の食糧庫みたいになってきましたわね」
「最初からそんなつもりはなかったんだけどな」
アレンは苦笑した。
ダンジョンは冒険者を呼ぶために作ったはずだった。
それがいつの間にか、農業まで国の問題に関わるようになっている。
「まあ、食糧が足りなくなって困るよりはいいだろ」
「ええ。そのためのダンジョンですもの」
「いや、違うと思うぞ」
「細かいことは気にしないの」
セレスティアはそう言って、資料を持ってマスタールームを出ていった。
「……俺のダンジョンなんだけどな」
誰もいなくなった部屋で、アレンは小さく呟いた。




