新勇者
アレンの不機嫌は、いつの間にか直っていた。
理由は単純だった。
60階層に、一つのパーティーだけで挑む者たちが現れたのだ。
「……あれ?」
マスタールームのモニターを見ていたアレンが、身を乗り出す。
「一パーティーで60階層に挑んでる?」
セレスティアも画面を見る。
そこに映っていたのは、リリア率いるパーティーだった。
「リリアね」
「なんであいつら一パーティーで来てるんだよ」
「さあ?」
「どこを目指してるんだ、あいつら」
アレンは呆れながらも、どこか嬉しそうだった。
五つの勇者候補パーティーで突破された60階層。
アレンにとっては、想定外の攻略だった。
だからこそ、今度は違う。
一つのパーティーだけで60階層に挑む。
それこそ、アレンが見たかったものだった。
「始まるぞ」
60階層のボス。
ケルベロスが姿を現した。
その巨体を見ても、リリアたちは怯まない。
ケルベロスが一気に距離を詰める。
「来るわよ!」
リリアの声と同時に、パーティーが散開する。
正面からケルベロスの攻撃を受け止める者。
その隙を狙って攻撃する者。
そして――。
聖剣を持った元勇者候補が、ケルベロスへ向かって走った。
剣が振り下ろされる。
ガキンッ!
普通の武器なら弾かれていたはずの一撃。
しかし聖剣は、ケルベロスの皮膚を切り裂いた。
「入った!」
アレンが叫ぶ。
「聖剣が効いてる!」
ケルベロスが怒りの咆哮を上げる。
三つの頭が同時に動く。
元勇者候補へ集中する視線。
その瞬間、リリアが魔法を放った。
大火力の魔法ではない。
ケルベロスに致命傷を与えるような威力でもない。
それでも、魔法は確実にケルベロスの意識を逸らした。
「今よ!」
元勇者候補が踏み込む。
聖剣が再び振るわれる。
「なるほど……」
アレンは画面に釘付けになっていた。
リリアも無理に一撃必殺を狙ってはいない。
強力な魔法で一気に倒そうともしていない。
ケルベロスの意識を逸らすために、あえて威力を抑えた魔法を使っている。
その隙を、聖剣を持った男が確実に突いていく。
一人が攻撃し、一人が援護する。
それぞれが自分の役割を理解していた。
「いい連携だな」
セレスティアが静かに呟く。
アレンは何も答えなかった。
ただ、嬉しそうに画面を見ている。
ケルベロスも強い。
一人だけを狙うような単純な攻撃ではない。
三つの頭がそれぞれ別の方向を警戒し、隙を見つければ一気に攻め込んでくる。
それでも、リリアたちは崩れなかった。
攻撃を受ける。
避ける。
援護する。
反撃する。
少しずつケルベロスを追い詰めていく。
「いいぞ……」
アレンの声が次第に大きくなる。
「そうだ、それでいい」
セレスティアは隣で静かに見守っていた。
そして――。
最後の一撃が決まった。
ケルベロスが大きくよろめく。
そのまま巨体が崩れ落ちた。
「……勝った」
アレンが呟く。
一つのパーティーが、60階層を突破した。
Sランクパーティー三つが必要とされていた階層。
それを、一つのパーティーで。
「俺はこれが見たかったんだよ!」
アレンが叫んだ。
セレスティアはそんなアレンを見て、少しだけ笑った。
ついさっきまで、五つのパーティーで60階層を突破されたことに不機嫌になっていた男とは思えない。
「機嫌が直ってよかったわね」
「当たり前だろ!」
アレンはモニターを見続ける。
「これだよ、これ!」
60階層突破という快挙。
その功績はすぐに冒険者ギルドにも認められた。
リリアのパーティーは、パーティーとしてSSランク相当と認められることになった。
さらに、構成員たちも個人としてSランク冒険者に認められる。
その中でも、聖剣を持つ元勇者候補への評価は特に高かった。
かつて37階層で燻っていた男。
勇者候補を辞退し、冒険者になった男。
今ではSランク冒険者。
そして、60階層を一つのパーティーで突破した英雄の一人となった。
そんなある日。
彼のもとへ、一通の知らせが届いた。
勇者認定。
正式に勇者として任命するという知らせだった。
彼は手紙を見つめる。
そして、リリアを見る。
「お嬢様」
「何?」
「私は……断ろうと思います」
リリアは少しだけ考える。
そして、いつものように穏やかに答えた。
「行ってきなさい」
「ですが――」
「勇者に選ばれたのでしょう?」
「はい」
「なら、行ってきなさい」
彼は黙ってリリアを見る。
リリアは微笑んだ。
「世界を救ってきなさい」
そして、少しだけ言葉を続ける。
「引退したら、ここに戻って来なさい」
「……お嬢様」
「あなたの居場所はなくならないわ」
その言葉に、彼は深く頭を下げた。
こうして、かつて勇者候補を辞退した男は、正式に勇者へと任命された。
任命式の日。
彼の前には、代々受け継がれてきた聖剣が用意されていた。
勇者として、その聖剣を授与される。
しかし――。
「お断りします」
周囲がざわめく。
「私は、この剣を使います」
彼が手にしていたのは、リリアから与えられた聖剣だった。
「私はこの剣で世界を守ります」
そして、まっすぐ前を向く。
「俺はこの剣で世界を守る」
彼はそこで一度言葉を切った。
「お嬢様。恩を一生かけて返します」




