クラリスと町デート
アレンはクラリスと待ち合わせをしていた。
待ち合わせ場所に向かう途中、アレンの手には一冊の台本がある。
「……」
アレンは台本を見下ろした。
「まだこのシリーズ続くのかよ」
今回、アレンはクラリスの社会見学の案内をすることになっていた。
セレスティアから言われたのだ。
クラリスにダンジョンのことを知ってもらうため、社会見学の案内をしてほしい。
そこまではいい。
問題は、そのために渡されたものだった。
台本。
「まさか社会見学まで台本に従って動くことになるとは……」
アレンはため息をつきながら、台本の一ページ目を開いた。
そこには最初の指示が書かれていた。
『移動中は手をつなぐ』
「またかよ!」
アレンは思わず声を上げた。
「なんで社会見学で手をつなぐ必要があるんだよ」
周囲を見回す。
誰もいない。
アレンは渋々、次のページをめくった。
すると、そこには注意書きがあった。
『但し、トイレにはいつ行ってもいい』
「当たり前だ!」
アレンは台本に向かって叫んだ。
「なんでわざわざ書いてあるんだよ!」
思い出す。
以前、クラリスとの一日を台本通りに進めた時のことだ。
トイレに行きたくなるタイミングまで台本に組み込まれていた。
しかも、そのタイミングを妙に絶賛したクラリスが、
「お姉さますごいです!」
などと言っていた。
「トイレ時間に苦しんだのお前だけだよ……」
アレンは頭を抱えた。
「今回は普通に行っていいんだからな」
「何の話ですか?」
「うわっ!」
いつの間にかクラリスが目の前に立っていた。
「クラリス、いつからいた?」
「今来たところです」
「そうか……」
アレンは台本を閉じようとした。
しかし、クラリスがその台本を見る。
「それが今日の予定表ですか?」
「……まあな」
「見せてください」
「嫌だ」
「なぜです?」
「見たら余計なことを考えそうだから」
「?」
クラリスは不思議そうに首を傾げた。
アレンは諦めて台本を開く。
「今日はダンジョンの社会見学だ。冒険者が活動している場所を中心に案内する」
「楽しみです」
「じゃあ行くか」
歩き出したアレンの隣にクラリスが並ぶ。
そして、クラリスが自然に手を差し出した。
「……」
アレンは台本を見る。
『移動中は手をつなぐ』
「お前、台本読んだだろ」
「はい」
「……」
仕方なく手をつなぐ。
「これ、本当に必要なのか?」
「私は構いませんよ」
クラリスは嬉しそうだった。
「……ならいいか」
二人はそのままダンジョンの中を歩いていった。
最初に向かったのは鉱山だった。
ダンジョンの鉱山では、冒険者だけでなく、鉱夫たちも働いている。
採掘された鉱石は選別され、必要なものは鍛冶屋へ運ばれる。
「ここで採掘された鉱石が、武器や道具になるんですか?」
「そうだ。鉄だけじゃない。いろいろな鉱石が取れる」
「では、あちらが鍛冶屋ですね」
「そう」
鍛冶屋では職人たちが武器や農具を作っている。
金属を打つ音が響いている。
クラリスは興味深そうに眺めていた。
「こうして見ると、冒険者だけではダンジョンは成り立たないんですね」
「その通りだな」
「鉱山で働く人がいて、鍛冶職人がいて、武器屋があって……」
「冒険者が持ち帰った魔法石も、ここで価値を持つ」
アレンは説明しながら歩いていく。
続いて武器屋。
防具屋。
道具屋。
冒険者向けの食堂。
宿屋。
それぞれを見て回る。
クラリスは一つ一つに興味を示し、店員に質問していた。
「社会見学って、こういうことなんだな」
アレンは少し感心していた。
最初は台本のせいで面倒な一日になると思っていた。
だが、クラリスが楽しそうにしているのを見ると、それほど悪くない気もしてくる。
そして最後に、二人は宝石店へ入った。
「ここは?」
「宝石店だな」
クラリスが店内を見回す。
色とりどりの宝石が並んでいる。
「綺麗ですね」
「そうだな」
アレンは台本を開く。
『宝石店でクラリスに何かプレゼントする』
「……」
クラリスがアレンを見る。
「どうしました?」
「何でもない」
アレンは店員に声をかけた。
しばらくして、一つの宝石を選ぶ。
「これ、クラリスに」
「ありがとうございます」
クラリスは嬉しそうに受け取った。
「……いいけど」
アレンは台本をもう一度確認する。
次のページ。
『プレゼントのお礼にキスする』
「……」
アレンは無言になった。
「どうしました?」
「いや……」
「何か書いてあるんですか?」
「ある」
「何と?」
「……言いたくない」
クラリスが台本を覗き込もうとする。
アレンは慌てて閉じた。
「何を考えてるんだ、あいつは……」
誰が書いたのかは明白だった。
セレスティア。
または、その周辺の誰か。
いずれにしても、ろくなことを考えていない。
ところがクラリスは、アレンの様子を見ながらも嫌がっている様子はなかった。
「……」
アレンは困った顔をする。
「クラリス」
「はい」
「これは台本だからな」
「分かっています」
「本当に分かってるか?」
「はい」
クラリスは少し笑った。
そして、アレンの頬に軽く口づけをする。
「これでいいですか?」
「……」
アレンは固まった。
「……台本通りかよ」
「台本には、そう書いてあるのでしょう?」
「そうだけど……」
クラリスは宝石を大切そうに握っている。
「ありがとうございます、アレンさん」
「……まあ、いいか」
アレンは諦めた。
その後も二人はダンジョンを見て回った。
夕方になり、待ち合わせ場所へ戻ってくる。
「今日は楽しかったですね」
「そうだな」
「また行きましょう」
「……」
アレンは手元の台本を見る。
何ページも残っている。
次回の予定まで書かれていた。
「もう台本は勘弁してくれ」
アレンは心の底からそう思った。




