魚釣り
アレンはダンジョンの海エリアに来ていた。
今日は釣りをするためだった。
海には何隻もの船が浮かんでいる。
漁師たちは船の上から網を使い、魚を獲っていた。
「結構、漁船が増えたな」
最初に海を作った頃と比べると、ずいぶん賑やかになっている。
漁師たちは沖まで出る必要もない。
海岸からそれほど離れていない場所でも魚が獲れるようになっているからだ。
もっとも、好きなだけ獲れるわけではない。
ダンジョン側で一日に獲れる魚の量が決められている。
「乱獲できないようにしてるわけか」
アレンは海を眺めながら呟いた。
魚が増えすぎても困るし、獲りすぎても困る。
ダンジョンの中にある海とはいえ、そこには一応のルールが設定されていた。
少し離れた砂浜では、家族連れが潮干狩りを楽しんでいる。
子どもたちが砂を掘り返し、アサリを見つけては歓声を上げていた。
「こっちにあった!」
「いっぱい取れた!」
「お父さん、こっち!」
楽しそうな声が海岸に響いている。
アレンはそれを眺めながら、少しだけ笑った。
もちろん、ここにもダンジョンらしい遊び心は存在する。
アサリを取っていると、極めて低い確率で別のものが出てくることがある。
一万分の一。
アサリの中から、真珠が見つかるのだ。
「一万分の一って、誰が考えたんだよ」
もちろんアレンである。
「まあ、当たったら嬉しいだろうしな」
実際、たまに海岸から大騒ぎする声が聞こえてくる。
「真珠が出た!」
そんな声が聞こえた時には、周囲の家族まで集まってくる。
アレンはそんな光景を見るのも好きだった。
だが、今日の目的は潮干狩りではない。
アレンは砂浜の少し離れた場所に腰を下ろす。
手には釣竿。
「今日はこれだな」
アレンにとって、釣りは魚を食べるためのものではない。
魚が食べたいわけでもない。
ただ、釣ることそのものが目的だった。
仕掛けを整え、海に糸を垂らす。
「……」
波の音だけが聞こえる。
船が海を進む音。
漁師たちの声。
子どもたちの笑い声。
そんな音を聞きながら、アレンはじっと浮きを眺めていた。
「……釣れないな」
しばらくしても、浮きは動かない。
それでもアレンは動かない。
釣りとは、そういうものだ。
「……」
「……」
「……来た!」
浮きが沈んだ。
アレンは竿を引く。
「よし!」
魚が掛かった。
慎重に糸を巻き上げる。
やがて水面から魚が姿を現した。
「釣れた!」
アレンは魚を釣り上げると、満足そうに頷いた。
そして、その魚を持って砂浜を見る。
すると――。
「アレンさんだ!」
「釣れた!」
「魚ある?」
「今日も釣りしてる!」
いつの間にか、子どもたちが集まっていた。
「……お前ら、いつからいたんだ?」
「アレンさんが釣り始めた時から!」
「ずっと見てたのか?」
「うん!」
子どもたちはアレンの釣った魚を見ている。
その目は期待に満ちていた。
「……食べるのか?」
「うん!」
アレンは魚を見る。
自分は食べない。
なら、持っていても仕方がない。
「じゃあ、やるよ」
「ほんと!?」
「いいの!?」
「ありがとう!」
子どもたちは嬉しそうに魚を受け取った。
「ちゃんと料理してもらえよ」
「うん!」
子どもたちは魚を持って走っていく。
アレンはその背中を見送った。
「……まあ、いいか」
そして、再び釣竿を海に向ける。
しばらくすると、また子どもたちが集まってきた。
「アレンさん、次は大きい魚!」
「大きいのが釣れるとは限らないぞ」
「頑張って!」
「俺に頑張れって言われてもな……」
アレンは苦笑する。
それでも釣竿を握る手には、少しだけ力が入った。
それからというもの。
アレンが海エリアに釣りに来ると、子どもたちが集まるようになった。
最初は一人、二人だった。
それが少しずつ増えていき、いつの間にかアレンが釣りを始めると、子どもたちが砂浜に集まってくるのが当たり前になっていた。
「今日は何匹釣れるかな!」
「大きいの釣って!」
「アレンさん、こっち!」
「お前ら、釣りより魚を待ってるだけじゃないか?」
「だってアレンさん、釣った魚くれるもん!」
「……まあ、そうだけど」
アレンは笑いながら、海へと糸を垂らす。
ダンジョンマスターの代理として、ダンジョンを管理する。
それだけがアレンの日常ではない。
こうして何も考えずに釣りをして、釣った魚を子どもたちに渡す。
そんな時間も、アレンにとっては悪くなかった。
「……さて、次は何が釣れるかな」
海面に浮かぶ浮きを眺めながら、アレンはのんびりと釣りを続けるのだった。




