執事姿のアレン
アレンは執事姿で、セレスティアとフローラの側で給仕をしていた。
二人の前には紅茶と菓子が並べられている。
アレンは無言で二人のカップを確認すると、セレスティアのカップに紅茶を注ぎ、続いてフローラのカップにも注いだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
二人から礼を言われる。
アレンは何事もなかったかのように一歩下がった。
その様子を見ていたセレスティアが、ふと口を開く。
「あなた、最近その姿に違和感がなくなってきたわね」
「何の話だ?」
「執事姿よ」
「まあ、着る機会も増えたからな」
「最初の頃は、まだ少し違和感がありましたのに」
フローラもアレンを眺めながら言った。
「今では完全に馴染んでいますわ」
「……俺はお前の部下でもなんでもないんだけど」
「お姉さまの商会の従業員かと思っていましたわ」
「フローラまでそんな認識なのかよ!」
アレンは思わず振り返った。
「だって、いつもお姉さまの側にいますし」
「ビジネスパートナーだからだよ」
「お茶を用意して」
「それは今の俺の格好が執事だからだろ」
「荷物を持って」
「たまたまだ」
「車の手配をして」
「それは必要だったからだ」
「商会の話にも参加して」
「それはビジネスパートナーだからだ!」
フローラは少し考える。
「……やっぱり従業員に見えますわ」
「なんでだよ!」
セレスティアは笑いを堪えながら紅茶を飲んでいる。
「お前も笑ってないで何か言ってくれ」
「そうね」
セレスティアはアレンを見る。
「あなた、私の商会に来る?」
「行かない」
「待遇は悪くしませんわよ」
「待遇の問題じゃない」
「執事として雇うこともできますわ」
「俺はダンジョンマスターの代理だぞ」
「そうでしたわね」
「忘れてただろ」
「少しだけ」
「少しじゃないだろ!」
アレンは大きくため息をついた。
そもそも、最初に二人と会った時から説明している。
アレンはダンジョンマスター本人ではない。
しかし、ダンジョンマスターから代理を任されている。
ダンジョンに関する話をする時も、アレンが窓口になっている。
それなのに、なぜか今では完全にセレスティアの側にいる人間として扱われていた。
「いっそ私の部下になればいいじゃない」
「嫌だよ」
「なぜ?」
「俺の立場を考えろ」
「どんな立場でしたかしら?」
「ダンジョンマスターの代理!」
「そうでしたわね」
「だから忘れるなって!」
フローラが二人の会話を聞きながら首を傾げる。
「でも、お姉さまとアレンさんって、ずっと一緒にいますよね」
「ビジネスパートナーだからな」
「それだけですか?」
「それだけだよ」
アレンが即答する。
セレスティアは何も言わず、紅茶を飲んでいる。
「お二人はよく一緒にいますね」
「仕事が多いからな」
「お姉さまの商会の仕事を手伝っているようにも見えます」
「実際、手伝ってる部分はあるけどな」
「ほら」
「ほらじゃない!」
アレンは頭を抱えた。
そして、しばらく考えた後、ぽつりと言う。
「……本当は俺の方が立場上なんだけどな」
セレスティアがアレンを見る。
フローラもアレンを見る。
二人とも、少しだけ間を置いた。
「見えないわ」
「見えませんね」
「……」
アレンの肩がガックリと落ちる。
「そんなにか?」
「ええ」
「全然ですわ」
「俺、ダンジョンマスターの代理だぞ?」
「でも、今は私たちに紅茶を淹れていますわ」
「……」
「それに、お姉さまに呼ばれればすぐ来ますし」
「……」
「今日もこうして給仕をしていますし」
「……」
アレンは自分の服を見る。
完璧な執事服。
手にはティーポット。
目の前にはセレスティアとフローラ。
どう考えても主人と執事の構図だった。
「……俺、もう少し偉そうにしたほうがいいのかな」
「無理だと思いますわ」
「フローラ、即答するな」
「では、試してみます?」
セレスティアが楽しそうに言った。
「何を?」
「あなたが私たちに命令してみるのよ」
「嫌な予感しかしないな」
「アレン、紅茶を」
「はい」
反射的に返事をして、アレンはセレスティアのカップに紅茶を注ぐ。
「……」
「……」
「……」
三人の間に沈黙が流れた。
「ほら、やっぱり無理でしょう?」
「俺は今の自分に腹が立ってきた」
フローラが笑いを堪えながら口元を押さえる。
「でも、よくお似合いですわ」
「褒めてるのか?」
「もちろんです」
「ならいいか……いや、よくない!」
アレンは再び肩を落とした。
ダンジョンマスターの代理。
本来なら、もっと威厳のある立場のはずだった。
なのに今では、セレスティアの隣で紅茶を淹れる執事として、完全に馴染んでしまっている。
アレンは、自分の立場について真剣に考え直す必要があるのではないかと思い始めていた。




