王妃の条件
「なあ、セレスティア」
「なんですの?」
クラリスの社会勉強を終え、マスタールームへ戻ってきたアレンは、モニターを眺めながらふと思った。
「王妃様も、お前と同じぐらい仕事してるのか?」
セレスティアは少し考えてから答えた。
「王妃様は国の象徴ですわ」
「象徴?」
「ええ。国民の前に立ったり、他国の要人を迎えたり、式典に出席したり。国を代表する立場ですわね」
「じゃあ、実務は?」
「実務はあまりやりませんわ」
「へえ」
アレンは意外そうな顔をした。
「てっきり、お前みたいに一日中仕事してるのかと思ってた」
「王妃様が私と同じことをする必要はありませんもの」
「でも王妃だろ?」
「王妃だからこそですわ」
「どういう意味だ?」
「王妃が特定の商会の経営をしたり、特定の貴族の相談に乗ったりしていたら、問題になりますでしょう?」
「ああ……」
アレンにもなんとなく分かった。
王妃という立場になれば、一人の商人や貴族として自由に動くことはできない。
「じゃあ、お前も王妃になったら今の仕事はやめるのか?」
「商会の運営や、貴族のアドバイザーはやめますわ」
「商会も?」
「ええ」
「せっかく自分で作ったのに?」
「王妃になった後も自分の商会を経営していたら、どうしても個人の利益が絡みますわ」
セレスティアは当然のことのように言った。
「王妃になったら、個人として得になるかではなく、国益になるかで考えなければいけませんもの」
「なるほどな」
アレンは腕を組んだ。
「つまり、今は自分の商会を大きくすることも仕事だけど、王妃になったら国全体を考える必要があるってことか」
「そういうことですわ」
「それなら、今より楽になるんじゃないか?」
「……なぜそう思いますの?」
「商会の経営も、領地のアドバイスも、やめるんだろ?」
「仕事の量が減るとは限りませんわよ」
「なんで?」
セレスティアは少しだけ真面目な顔になった。
「王妃様の一番の仕事は、国の重要な政策に決定を下すことですわ」
アレンの動きが止まった。
「決定を?」
「ええ」
「それは王の仕事ではないのか?」
「そう思いますわよね」
セレスティアは苦笑した。
「ですが、この王家では代々、重要な案件については王妃が決定を下してきましたわ」
「……王より王妃が決めるのか?」
「王が何も決めないという意味ではありませんわ」
「じゃあどう違うんだ?」
「王は国の象徴として国民の前に立ち、王妃は国の将来に関わる重要な判断をする。そういう役割分担ですわね」
「それって……」
アレンは少し考えた。
「王妃のほうが重要じゃないか?」
「重要な役割を担っていることは間違いありませんわ」
「王は?」
「国の象徴ですわ」
「またそれか」
アレンはモニターを見る。
「なんか聞けば聞くほど、王妃のほうが大変じゃないか?」
「ですから、誰でもなれるわけではありませんの」
「王妃になる条件って何なんだ?」
「国一番の女性であることですわ」
「国一番?」
「ええ」
セレスティアは淡々と続ける。
「知識、判断力、政治、経済、外交、人を見る目。国を背負って判断できるだけの能力が求められますわ」
「……随分と重いな」
「王妃ですもの」
「王子と結婚することじゃないのか?」
「違いますわ」
「違う?」
「王子と結婚することが王妃の条件ではありませんわ」
セレスティアははっきりと言った。
「王妃になる資格を持つ女性が選ばれるのです」
アレンはそこで嫌な予感がした。
「……待て」
「なんですの?」
「お前、前に次期王妃って言ってたよな?」
「ええ」
「それって、つまり……」
「私が次の王妃になるということですわ」
「いや、そこまでは分かってる」
アレンは頭を抱えた。
「じゃあ、その王妃の配偶者は?」
「王ですわ」
「それは分かる」
「なら問題ありませんわね」
「いや、あるだろ!」
アレンは顔を上げた。
「王が先にいて、その王と結婚して王妃になるんじゃないのか?」
「この国では少し違いますわ」
「どう違う?」
「王妃が先ですの」
「……」
「王妃が決まり、その配偶者が王になりますわ」
アレンは完全に固まった。
「つまり……」
「はい?」
「お前の配偶者が王になるってことか?」
「そうですわ」
「じゃあ、その配偶者は誰なんだ?」
「誰でも構いませんわ」
「誰でも?」
「ええ」
セレスティアはあまりにも普通に答えた。
「私の配偶者が王になるのですから、私が誰を選ぶかという話になりますわね」
「……」
アレンは嫌な汗をかいた。
「ちょっと待て」
「なんですの?」
「お前の次期王妃って……」
「はい」
セレスティアはアレンを見る。
「私の配偶者が王ですわ」
「……」
「ですから」
セレスティアは微笑んだ。
「あなたでもなれますわね」
「勘弁してくれ!」
アレンは思わず叫んだ。
「俺はダンジョンマスターだぞ!」
「知っていますわ」
「ニート生活をするためにダンジョンに引きこもってるんだぞ!」
「それも知っていますわ」
「国王なんて絶対にやらないからな!」
「まだ選んでませんわよ?」
「その『まだ』が一番怖いんだよ!」
アレンは椅子から立ち上がった。
「そもそも俺に国王なんて無理だろ!」
「なぜですの?」
「国民の前に出る!」
「王の仕事ですわね」
「外国の大使と会う!」
「王妃が判断する案件なら私が対応しますわ」
「式典に出る!」
「それも王の役目ですわ」
「国民に手を振る!」
「重要ですわね」
「俺、全部嫌だ!」
セレスティアは笑いをこらえていた。
「王は国の象徴ですから、仕事の内容はそれほど多くありませんわよ?」
「その『それほど』って言葉を信用できない!」
アレンは再び椅子に座った。
「……俺はセレスティアみたいに働くのも無理だと思ってたけど」
「ええ」
「まさか、王になる可能性まであるとは思わなかった」
「人生、何があるか分かりませんわね」
「他人事みたいに言うな」
「私にとっては、まだ候補の一人というだけですもの」
「候補から外してくれ」
「考えておきますわ」
「今すぐ考えてくれ!」
セレスティアは楽しそうに笑った。
アレンはモニターへ視線を戻した。
ダンジョンの中は平和だった。
冒険者たちは50階層の攻略に挑み、町では住民たちが普通に暮らしている。
少なくとも、この場所にいる限りは政治とは無縁だ。
「……やっぱり俺、ダンジョンの中に引きこもってるのが一番だな」
「そうですわね」
「そこは否定しないんだな」
「あなたが王になったら、私も大変そうですもの」
「そこじゃない!」
マスタールームに、アレンの叫び声が響いた。




