クラリスの社会勉強
アレンはセレスティアとクラリスの三人で、町を歩いていた。
「今日はどこへ行くんだ?」
アレンが尋ねると、セレスティアが当然のように答えた。
「クラリスの社会勉強ですわ」
「社会勉強?」
「ええ。貴族として生活するなら、自分たちの領地や町がどのように動いているのかを知っておく必要がありますもの」
クラリスは隣で真剣な顔をして頷いている。
「セレスティアお姉様に、もっと町のことを知ったほうがいいと言われましたの」
「なるほど」
アレンは周囲を見渡した。
商店が並び、荷車が行き交い、冒険者や職人が歩いている。
ダンジョンの町はすでにかなり大きくなっている。
住民たちはアレンの許可をいちいち取ることなく、それぞれの仕事をしている。
そのため、アレン自身も知らない場所が増えていた。
「まずは木材ですわ」
セレスティアが向かったのは、町の外れにある森林だった。
そこでは木こりたちが働いていた。
「おお……」
一本の木を切り倒す。
倒れた木は枝を落とされ、決められた長さに切り分けられていく。
クラリスは興味深そうに眺めていた。
「木って、こうやって使える形にするんですのね」
「そうだぞ。森に生えている木が、そのまま家具になるわけじゃないからな」
アレンが説明する。
木材は運び出され、荷車に積まれていく。
その荷車が向かった先は木工所だった。
「次はここですわ」
木工所では、運ばれてきた木材を職人たちが加工していた。
皮を剥ぎ、形を整え、乾燥させ、用途に合わせて板や柱へと加工する。
同じ木でも、使う場所によって必要な形が違う。
家具に使う木材と建物に使う木材では、求められる性質も違ってくる。
クラリスは一つ一つの工程を眺めながら質問していた。
「この板は何に使いますの?」
「家具です」
「こちらは?」
「建物の梁になります」
「同じ木でも、ずいぶん違うんですのね」
「そういうことだな」
アレンも感心していた。
ダンジョンのポイントや設備について考えることは多い。
だが、実際に木が切られ、運ばれ、加工されていく現場を見るのは初めてだった。
「俺、木材って普通に買えば出てくるものだと思ってた」
「それでは商売になりませんわよ」
セレスティアが呆れた顔をする。
「そりゃそうか」
さらに奥へ進む。
今度は家具職人の工房だった。
そこでは木工所から運ばれてきた木材を使い、職人たちが家具を作っていた。
椅子。
机。
棚。
ベッド。
一枚の板が削られ、組み合わされ、磨かれていく。
最後には、店で見かける家具と同じ姿になっていた。
クラリスは完成した椅子を見つめていた。
「……これも、最初は森に生えていた木なんですのね」
「そうだな」
「なんだか不思議ですわ」
セレスティアは満足そうに頷いた。
「これが社会というものですわ」
「社会?」
「ええ。木こりが木を切る。運ぶ人が運ぶ。木工所が加工する。職人が家具を作る。そして商人がそれを売る。誰か一人だけでは成立しませんわ」
クラリスはしばらく考え込んだ。
「では、家具を作る職人だけいても駄目なんですの?」
「材料がなければ作れませんわ」
「木工所があっても?」
「木が届かなければ何もできません」
「木こりがいても?」
「運ぶ人がいなければ同じですわ」
クラリスは感心したように周囲を見渡した。
「なるほど……」
その横で、アレンも考えていた。
「貴族って、優雅にお茶会だけしてるんじゃないんだな」
「……あなた、貴族をなんだと思っていますの?」
セレスティアがジト目になる。
「いや、だって貴族って普段は屋敷でお茶飲んで、社交して、パーティーしてるイメージが」
「それは仕事の一部ですわ」
「一部なのか?」
「ええ。領地を持つ貴族なら、税収、道路、水路、農業、商業、治安、雇用……考えることはいくらでもありますもの」
「結構忙しいな」
「当然ですわ」
セレスティアは胸を張った。
「領地に住む人々が生活できなければ、領主として成り立ちませんもの」
アレンはもう一度、木こりたちを見る。
木が切られる。
木材が運ばれる。
木工所で加工される。
職人が家具にする。
そして、それを商人が売る。
その一つ一つに人間が関わっている。
「……ダンジョンも似たようなものか」
「どういう意味ですの?」
「ダンジョンだって、施設を作っただけじゃ動かないからな。住民が働いて、冒険者が来て、商人が商売して、金が動いて……」
アレンはそこで少し考えた。
「俺、ダンジョンマスターなのに、町のことを全然見てなかったな」
「今さら気づいたのですか?」
セレスティアが笑う。
クラリスも小さく笑った。
「アレン様でも知らないことがあるんですのね」
「俺だって全部知ってるわけじゃないぞ」
「では、今日はアレン様も社会勉強ですわね」
「俺も?」
「ええ」
セレスティアは楽しそうに言った。
「クラリスだけを勉強させるつもりでしたけれど、あなたも一緒に学んだほうがよさそうですわ」
「……ダンジョンマスターが町の見学をしてるって、なんか変じゃないか?」
「そんなことはありませんわ」
三人は次の見学先へ向かって歩き出した。
今日の社会勉強は、まだ始まったばかりだった。




