勇者候補の変化
Sランクパーティーは、しばらくの間、50階層のボスとソロで戦っていた。
もちろん、勝つためではない。
「……やっぱり、感覚が狂ってるな」
「一度受けただけなのにな」
「聖女のバフって、あそこまで強烈だったのか」
原因は、以前受けた聖女のバフだった。
ほんの一度。
それだけだった。
だが、あまりにも強力な強化だった。
身体能力が普段とはまるで違う。
届くと思った距離が届かない。
避けられると思った攻撃が避けられない。
普段の自分ならできるはずのことが、妙に難しく感じる。
一度だけ極端に強化されたことで、逆に自分本来の感覚が分からなくなっていた。
「これは一度、素の状態で戦って確認したほうがいいな」
「そうだな」
だから彼らは、50階層のボスに一人ずつ挑んでいた。
ただし――。
「ソロじゃ絶対に勝てないけどな」
「それは分かってる」
Sランク冒険者であっても、50階層のボスを一人で倒すことはできない。
それでも戦う。
勝利が目的ではなく、自分自身の感覚を取り戻すためだ。
マスタールームからその様子を眺めていたアレンは、妙な感想を抱いていた。
「……こいつら、絶対に負ける戦いをしてくれるな」
挑んでは負ける。
それでもまた挑みに来る。
アレンからすれば、ありがたい客だった。
「なんか、こいつらがお得意様に見えてきたな」
「マスター、相手はSランク冒険者ですよ」
ダンジョンコアが淡々と突っ込む。
「でも毎回ちゃんと負けて帰ってくれるぞ」
「……結果だけを見れば、そうですね」
ただし、この調整を長期間続けるつもりはなかった。
何度かソロで戦えば、十分に感覚を確認できる。
やがて彼らは、再びパーティーとして戦い始めた。
その様子を見ていた勇者候補たちにも、変化が起きていた。
「やっぱり勇者はパーティーで戦うものだ」
「一人で戦っても、本来の力は発揮できない」
「俺も仲間を探すか」
これまで一人で50階層に挑んでいた勇者候補の中から、パーティーを組む者が現れ始めた。
アレンはその様子を眺めながら考える。
「まあ、そうなるよな」
勇者は一人で戦う存在ではない。
勇者パーティーとして戦う。
それが、この世界では当たり前だった。
だが、アレンには一つ気になることがあった。
「最後は勇者との模擬戦があるんだよな」
どれだけ勇者候補たちが成長しても、最後には現役の勇者と戦うことになる。
「勇者本人は引退したがってるんだけどな」
「後継者が決まっていませんからね」
ダンジョンコアが答える。
勇者は引退したい。
だが、後継者がいない。
だから引退できない。
「勇者になりたい奴らと、早く勇者を辞めたい奴か」
アレンはモニターを見ながら呟いた。
「なんか、すごい噛み合ってないな」
勇者候補たちは、次の勇者になるために必死になっている。
その一方で、現役の勇者は後継者が決まるのを待っている。
「まあ、勇者の引退はまだ遠いか」
アレンはそう呟き、再び50階層へ視線を戻した。




